万久世万

※しじり×貴方日記ネタ。由利くんの二部途中までしか読んでないので公式設定とは異なる点が御座います。多数のネタバレと模造が含まれますのでご注意下さい

――今なら言える。
その出会いはきっと、偶然でも運命でもなく…必然だったのだ、と。

その人との出会いは、今から数年前。
僕がまだ新入社員だった頃に遡る。

ある日の早朝、突然信哉さん―僕の叔父である―からの電話で叩き起こされたと思ったら、
突然紹介したい人がいるから直ぐに来て欲しい、と半ば強引に連れ出された先で待っていたのが、この人、三宮万里であった。

三宮グループ、と言えば知らない人間はモグリだと馬鹿にされるほど、大きな財閥である。
日常のありとあらゆるビジネスに精通していて、もはや日常生活でその名前を聞かない日はないほど、生活に身近な存在である。

――三宮 万里、といえば当時世間を賑わせた男の名前であった。…20代半ばという若さにして、三宮グループのトップに君臨したという、その人だ。
当然突然のトップ交代に混乱したグループを、三宮万里はその手腕を以て見事におさめ、かつその類い稀なる商才により、これまで以上に「三宮」は繁栄し、その名を世に広めたのだ。

「………お会い出来て、光栄です」
「こちらこそ。以前から由利大臣から貴方の話はよく窺っててね、随分とべた褒めするものだから、一度会ってみたかったんだ。こんな早朝から突然呼び出してすまないな」
「いえ、三宮さんはお忙しい方ですから」

にこり、と気取らない笑みを浮かべながら、三宮さんは僕に手を差し出した。
僕もそれに応えるように手を差し出し、握手を交わしながら内心では笑いが止まらなかった。…人脈を拡げることは、決して悪い事ではない。こんな大物なら、尚更に。

祖父は、僕が高校に進学する前夜、一通の手紙をくれた。
そこには「フォリア」を治すにはフォリア患者の会「ユーフォリア」に入会する必要がある、と記されていたのである。
そして、ユーフォリア――そこに入る為には、会長の目に止まるほどの「優秀」な人間でなければならないということも。

その後の僕の人生は、すべてユーフォリアを意識したものだった。
進学も、大学も、交友関係も、身の振り方全てが。下らないエリート意識で腐りきったユーフォリアの、ためだけに。

――いつか僕にも発症するであろうフォリアで…父のようになりたくない。ならない。その一心で。

三宮グループの持っている会社のひとつに、システム開発会社がある。
三宮さんはそこの取締役をしていて、コンピューター・ソフトウェアを扱っているうちの会社とは関係が深い。
今後、僕が会社で重要なポストを任されるようになってくれば、自ずとその縁が有利になっていくこともあるだろう。

にこり、と人の好い笑みを浮かべながら、僕はそんなことを考えていた。
…三宮さんが、一瞬だけその笑みを、仄暗いものにしたとも、気づかずに。
ただ、いつ迫り来るかわからぬフォリアの恐怖に怯え、ちいさなサインを見逃していたのだった。

……………
……………………
…………………………………

いつの間に、眠ってしまったのか。
…随分と懐かしい夢を見た気がした。

起きたばかりでぼんやりとする頭をちいさく振って無理やり覚醒させると、傍に掛けておいたスーツに手を伸ばす。
今日は、大切なプロジェクトの会議が行われる。…今のクオリティ統括部マネージャーという役職に付き、数えきれないほど行って来たことではあるが、今回は規模が大きく、成功すれば更に世にグラズへイムの名を広めることが出来るであろう、そんなプロジェクトであった。

「………それに、」

今回提携するのは、あの…三宮グループ、だ。
だから…あんな夢を見たのかもしれない。

「………、三宮さんなら」

あれほど名声を世に表している人ならば、きっと。
ユーフォリアのことを、知らないはずがない。

ユーフォリアは有名政治家、敏腕弁護士、大企業の上層部…そういった一部の人間だけに幹部から直々に入会を許されるという。

あれから数年後、フォリアを発症して以来、僕は「ローディング」の症状に悩まされ続けていた。
聞きたくもないのに、不意に他人の裏の心が聞こえてしまう。それがどれほどの恐怖と苦痛を伴うものか。
建前の言葉と本音の差に、何度落胆し、その度所詮人間などんなモノだ、と諦めて来た事か。それが、どれだけ、どれだけ…残酷な事か。

「………行こう」

痛む頭を抑えながら、ため息を零す。
…考えたってどうしようもないというのに。それでも、考えざるを得ないのだ。
時計を見れば、まだ出勤時間には早い。けれど。
今の鬱々とした気分を考えたら、会社に行ってその分多く仕事をした方が、よっぽどマシだった。

……………
……………………
…………………………………

いつものように電車に揺られながら、思うのは祖父が書き残した手紙のことだった。
ある日突然、僕の夢の中に出て来て愛を囁きはじめる人物…無限伴侶。
僕がフォリアから逃れるには、その無限伴侶と真実の愛にたどり着く他ないという。

「……真実の愛、ね」

ある日突然夢の中に出て来て愛を囁き始める人物が無限伴侶、だなんて。
そんな夢すらまだ、見た事がないっていうのに。そんな相手と真実の愛を見つける、だなんて本当に出来るのだろうか。
あの仲睦まじかった父と母ですら、真実の愛にたどり着くことは不可能だったって、いうのに。

嘲笑まじりに呟いた僕の言葉が聞こえたのだろう、近くに座っていた若い女性がほのかに頬を赤く染めた。……ほんっと、バカらしいよ。

最寄りの駅に到着し、電車から降りて。
そうしてなんの感慨もなく会社までの道のりを歩いている、と、突然後ろからクラクションの音が聞こえ、朝からうるさいと思いつつもそのまま歩き続ける。
しかし、どうしてかそのクラクションの発信源であろう車は、僕から着かず離れずの距離で徐行運転をしていた。……気味の悪い奴だ。

「……?」

仕方なしに振り返ると、其処には都会の一等地でも余り見かけぬ黒塗りの最高級車が、あった。
怪訝な顔をしながら眺めていると、不意に運転席から誰かが降り立って、助手席の扉を甲斐甲斐しく開く。
燕尾服を着た男は、そのまま頭を垂れて。やがて助手席からはひとりの男が降りて来た。……それもとても、見覚えのある。

「よお」

その時、ぽかん、と口を開いたままの僕は大層間抜けに見えただろう。
男――三宮さんは、ニっと口元を吊り上げ不敵な笑みを浮かべながら、こちらにゆっくりと歩み寄って来て。

「……、おはようございます、三宮さん」

それから少しあって、僕もようやく穏やかな笑みを作りながら、そう返す事が出来たのである。

「お早いんですね」
「少し、用事があってな」

初対面の時より、幾分も砕けた口調で三宮さんはフ、と小さく笑みを零す。

「あんたの噂は良く聞くぜ、随分と頑張ってるみてえだな?」
「―――…光栄です」
「俺の用事ってのは他でもない、あんたになンだよ」
「………え?」

三宮さんが、僕個人にどんな用事があるというのか。
想像さえ出来なくて、思わず聞き返した僕に三宮さんはまた、笑った。
そりゃ、そうだよな、なんて、一人で納得したようなつぶやきと共に。

「おい、橘」
「はい、ご主人様。…久世様、どうぞお乗り下さいませ」
「……は!?」

訳も解らぬまま橘という人に車に乗せられ、そうして僕は行き先も知らぬままに、連れ出されてしまったのである。

「会社、が…!」
「……ふん、予め手は回してある。心配するな」
「……そういう問題では…!第一、今日はプロジェクトの会議が、」

勿論三宮グループとの、それだ。

「ああ、あれか」

忘れた筈はないでしょう、とそんな言葉を含ませながら三宮さんを見れば、頬杖を突きながら不敵に笑っていた。

「それなら、嘘だ。そんなプロジェクトはない」
「…………、は」

今度こそ、僕は開いた口が塞がらなかった。

……………
……………………
…………………………………

数十分後、連れて来られたのはとある高級ホテルだった。
此処は、確か三宮系列の……――。

「行くぞ」

フロントで何かを話していた橘さんが、三宮さんに何かを囁いた。恐らく、部屋の用意が出来たのだろう、それに頷いた三宮さんは僕の腕を掴んで、橘さんを下がらせるとそのまま勝手知ったる、と言った様子でズンズンと廊下を進んで行ったのである。

部屋に着き、呑気に何かルームサービスでも頼むか、だなんて呟いている三宮さんを尻目に、問いかける。

「で、なんで僕は今日此処に連れて来られたんです」
「随分と性急な奴だな。少しは昔話に花を咲かせる気はないのか?」
「忙しい三宮さんがわざわざ此処までして、大した話だとは思えませんから。…よほどの”何か”があったんでしょう」
「――ふうん、面白いな」
「……?」

それは、僕に聞かせるというよりも、思わず口に出た、というような呟きだった。

「おまえ、フォリアって知ってるか」
「!!!!!!」
「……まァ、知ってるよなあ。お前の父親もお前も――フォリア発症者なんだから」
「……なんで、それを……まさか、」

それは、歓喜とも、驚愕ともつかない、否あるいはそのどちらをも含んでいたのだろう。そんな、衝撃に、声が震える。

まさか、まさか。こんなに早く、近づけるなんて。
どれだけ長い間、待ち詫びただろう。ながく、暗い、道のりだった。

「俺もそうだ、って言ったら、どうする」

三宮さんが挑発的な言葉と共に、にやり、と悪者じみた笑みを浮かべていて。
ソレと同時に僕も、同じような笑みを浮かべていたということは、きっと、何ら可笑しいことではないだろう。

――餌に、掛かった。

罠を張り獲物をジッと待ち構える蜘蛛のように、
長い間、僕もーー辛抱深く待ち続けていたというのだから。

……………
……………………
…………………………………

――詳しいことはまた、後日連絡する。
そう言い残し、仕事が忙しいのだろう。三宮さんはホテルを後にした。

豪華絢爛なスイートルームで、ひとり残された僕はぽすん、とベッドに倒れ込み、顔を手で覆う。本当に思わず、というように自分でも無意識のうちに、口許が緩むのが止められなかった。

「ふ、ふふ、」

そのうちに笑い声すら漏れ出し、自分でもコントロール出来ない不思議な感覚に囚われて。

あの下らないエリート意識で一部の人間だけを重宝する腐ったユーフォリアと、その幹部たちを、僕の家族を貶めたフォリアの謎も、意味を。
僕のすべてを擲ってでも追いかけて来た、その忌々しい存在に、漸く一歩近づけたのだから。
―――それも、仕方のないことなのかもしれなかった。

三宮さんから連絡が来たのは、それから数日経ってのことだった。

「よお、元気にしてたか?」

第一声は相変わらずの様子で、わざとこっちのカンに障るような言い方のそれだった。

「今日は良いニュースをやるよ。――お前を、ユーフォリアへ推薦してやる」
「……え…?」

まるで頭を鈍器で思い切り殴りつけられたような衝撃を覚え、昏倒しそうになりながらも、逸る鼓動を必死に押さえつけながら、三宮さんの声に耳を傾ける。

「フン、嬉しくてたまらないって様子だな」
「――ほ、んとう…に?」
「生憎、俺はつまらない嘘は嫌いなンでな」

ガンガンと、痛む頭に気がつかない振りをして、僕はどうしたって震える声を堪える事も出来ずにただ聞き返すことしか出来なくて。

「…今夜、またあのホテルに来い。詳しい話はそこでしてやる」
「……わ、かりました」
もしもそれが罠だとしたら、だなんて疑う気持ちは僕の中に微塵も沸いて来なかった。
こんなくだらない嘘を吐いて三宮さんにメリットがあるとは思えないし、なにより例え、それが偽りのものであっても、どうせスタートラインは手探りの状態から始まっているのだ。マイナスになることなど、ないのだから。

僕はいつもより数倍早いペースで仕事を終わらせ、早々と会社を退社した。
そのまま急ぎ足でタクシーを捕まえ、ホテルへの行き先を告げる。

「……っ」

タクシーの窓からものすごいスピードで移り変わる景色すらも焦れったくて、ただ、行儀悪く貧乏揺すりをしながら待つしか、出来なかった。
そうしてホテルに着くと、メーターの確認もろくにせずに、財布から掴んだだけの紙幣を手渡すと、急ぎ足でホテルへと向かう。フロントに一声掛ければ既に話は通っているようで、一流の営業スマイルと共に、部屋の番号とカギを手渡された。
最上階に直通しているエレベーターに飛び乗り、僕を乗せエレベーターがゆっくりと三宮さんの待つ最上階へと近付いて行く度に、逸る心臓を必死で押さえる。…緊張と、これからの期待に、心臓が今にも飛び出してしまいそうで。
それは永久とも思える、長い時間だった。…実際には大した時間は経っていないのであろう。けれど、僕にとっては、それはひどく長いもののように、感じられたのである。

「…、」

軽快な音と共に、目的の階数のランプが点滅する。
僕は逸る気持ちを抑え、平常を装ってわざと、ゆったりとした足取りでその部屋へと歩を進めた。

「よお」

そうして部屋の中では、尊大な態度で僕を待つ、三宮万里の姿があった。

「…ン、ぁ…い、…万、里…さ…っ」

もっともっとと乞うように腕を差し伸ばされ、それに応えるように抱き締めてやればそいつは嬉しそうに俺の腕の中でふわりとはにかんで。

「好き、です…っ」

一心に俺だけを見つめるその純粋な恋慕の情を含んだ眼差しに、いっそ笑いがとまらなかった。

――誤算といえば、思ったよりも久世が酒に強かった事ぐらいか。
テーブルの上に転がった数本の瓶と、空になったワイングラス。その片方は、先ほどまで久世が使っていたものだ。
久世が眠っているベッドの方へ視線をやれば、規則正しい寝息が聞こえて来て、久世のワイングラスに予め仕込んでおいた睡眠薬が良く効いていることを教えてくれた。

手にした書類など、とうの昔に頭に入っては来ていない。
そのまま乱雑に書類を投げ遣ると、久世の眠るベッドに近付き、フ、と口許を釣り上げた。

久世 貴裕。…こいつは俺の無限伴侶だ。
数年前、こいつの叔父、由利信哉の紹介で知り合った時、なんとなく予感を感じていた。当時俺はとっくにユーフォリアに入会していたし、もちろんフォリア発症もしていて。
当然、打算に満ちたコイツの考えは全て、俺の頭の中へ流れ込んでいたのである。

「……ふ、」

面白い、と思った。
小綺麗な王子様のような姿をし、世の中の汚いものなど、なにも知らなそうな顔をしているというのに。その心は、何処までも人を信じることを諦め、暗く淀んでいたのだ。

無防備に瞼を伏せ、薄く開いた唇に自らの唇を重ね合わせて、貪った。
センディング。それは強く念じて相手の心を自分の言葉で占領出来る、能力である。こうして粘膜に接触し、センディングを施す。
これを繰り返しているうちに段々と紅色に染まっていく久世の身体にフと笑みを零し、また噛みつくように口づけて、
深層心理に、刷り込むように。何度も何度も、呪いの言葉を送り続けた――。

「……っ、い……」
「……起きたのか」
「…三宮、さん…?あれ、僕…どうして、」

やがて薬の効果が切れたのだろう、頭を押さえながら起き上がる久世に何食わぬ顔をして視線をやれば、久世は納得いかないと言った様子でぼんやりとこちらを眺めていて。

「酒には弱くないはずなのに、って顔してンな」
「……!!」
「は、そんな驚いた顔しなくて良いだろ。ンな解り易いカオしといて」
「………僕は、」
「ま、疲れてたんだろーな。疲れてるトコ悪ぃけど、こっちも忙しい身なんでね。伝えさせてもらうが、あんた無限伴侶の夢はもう見てるか?」
「………ま、だですけど」
「ふぅん…?」

曖昧な久世の言葉に、俺も緩く頷き返すと、ベッドに座ったままの久世の方へとゆっくりと歩み寄った。

「無限伴侶と15年以内に真実の愛に辿りつく必要があるってこたぁもう知ってるか?」
「……………ハイ」
「ふん。でもまだそれで終わりじゃねえぜ。無限伴侶に関する夢を見てから49日以内に、無限伴侶から愛の告白を受ける必要がある。もしそれに失敗すりゃ…あんたはあんたではいられなくなる」
「………え……?」

その時の久世の絶望した顔を、きっと俺は忘れないだろう。今までのどんな顔よりも、その表情は久世によく似合っていた。

「このことを、精々頭ン中に叩き込んでおくんだな」
「……三宮、さんは」
「ん?」
「もう、無限伴侶から愛の告白を受けているんですか…?」
「……………さァな」

どっちとも取れる俺の返答に、久世は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、ギリリと歯を噛みしめる。

――カワイソウに。
お前が相手じゃなかったら、きっと俺はもうとっくに、ある方法を使ってフォリアを完治させていただろうに。

……………
………………………
……………………………………

久世を呼び出すのは簡単だ。
ユーフォリアのこと、フォリアのこと。それをチラつかせば、直ぐにだってどんなところにだって飛んでくるのだから。
人のことを信用していない癖に、頼らざるを得ない状況に追い込まれ、俺に縋るしか出来ないでいる。…そんなちっぽけで、か弱い存在。

「よお、今日は早かったな」
「仕事が思ったよりも早く済んだんで」

外は蝉が鳴く時期に近付いているというのに、久世は俺とは対照的にキッチリとネクタイを上まで締め、一糸の乱れもない上品な出で立ちだ。涼しげな顔は、暑さなど微塵も感じさせないそれで。

「最近、三宮さんとこうして会うときは毎回、飲んでいる気がしますね」
「ふん、これも付き合いだと思えよ」
「……別に、嫌って訳ではないですけど……恥ずかしい話、毎回潰れてしまうので……」

俺が薬を盛っていると言う事にも気づかず、久世は苦笑いを零す。
いつもなら、こんなに弱くないんですけど。何度目かになるその言い訳に、思わずフ、と声を漏らした。
眠っている間に俺がセンディングを施していることも、全く疑っていないような穏やかな笑みで。…尤も”普通”の人間なら、疑う方がオカシイのだ。
何者でもない声で、ましてや自分の頭の中に響いて来る声なんて、幻聴だと思うしかないのだから。

くわえて久世の場合は、それを眠っている間に聞かされている訳で。すなわち、それは久世の夢の中に出て来る、深層心理の想いなのではないか、と錯覚させられてしまうぐらいだ。
だから久世は、いつも目が覚めた後、居心地の悪そうな顔をして俺から暫く目線を反らす。尤も、そのケがない人間には、それが普通の反応な訳だが。

「ああ――、そーいや一週間後お前ンとこの社員から一名、俺ンとこに来るって話になってたな」
「…!あれ、三宮さんのトコだったんですか?」

今度うちとグラズへイムが提携してあるシステムの開発をする手筈になっている。それを久世に告げると、久世は以前架空のプロジェクトを捏ち上げ、騙された事を思い出したのだろう。微かに顔を歪めながら、確認するように問いかけてきた。

「くっくく、失礼な奴だな。安心しろ、今度はホンモノのビジネスだ」

飽くまでも、仕事自体に嘘偽りはない。ただ、ほんの少しそれを利用した、だけであって。

「……あれ、僕が行く事になってるんですけど、肝心の提携先を教えられてなかったんで…」
「……なんだ、それは思わぬ偶然だな」
「せめて驚く努力くらいはしてくれませんか。…どうせ、最初から知っていたんでしょう」
「フン。からかい甲斐のない、詰まらん奴だ。別に…お前にとっても悪い話じゃないだろう。うちとの関わりを出来るだけ持っておけば連中に”良いアピール”になる」

そう言って挑発的に笑い、酒を煽った。

「………そう、ですね」
「……その間はホテルに泊まってもいいが…一応俺の屋敷にも客間を用意しておいてやるよ。…ユーフォリアのこと、もう少し知りたくないか?」

俺の言葉に久世は弾かれたように顔を上げ、それから仄暗い笑みを零したのだった。

―――一週間後の夕方。
久世はすこし緊張した面持ちで、屋敷へとやってきた。
必要最低限の荷物が入っているであろう鞄は早々に橘に持っていかれ、居心地悪そうに俺の後に着いて来る。

「……あ、の」
「なんだ」

ズンズンと応接間へ歩を進めながら久世の言葉に反応を返せば、久世はジロジロと見られている気まずさにか微かに顔を歪ませながら、とある場所を小さく指差す。

「………ああ」

そこには思った通りというべきか、こちら―厳密には久世を―恨めしそうに睨みつけている御園の姿があって。

「気にするな」
「………、…解りました」

苦笑い気味に答える久世を連れ立って応接間へと足を踏み入れ、中から内カギを締める。久世は、怪訝な顔をしたが何も言う事なく促されるままにソファに腰を下ろしたのだった。

そうして表情を仕事用のそれに切り替えると、鞄から必要書類を取り出し、それを俺に差し出す。

「明日のことですけど」
「ああ」
「当初の予定通り、本社へ赴いて本プロジェクトについて――」

………
…………………
………………………………

簡単な打ち合わせを終えフと時計を見れば、それは既に22時を示していた。
いつの間にこんなに時間が経ったのか。思った以上に充実した内容だったのと、互いに仕事に対しのめり込み過ぎるケがあるせいか、全く気が付かなかった。
テーブルいっぱいに拡げた書類を片付け、応接間を出る。
食事の前に手ずから久世に宛てがった客室への案内をしてやれば、久世は破格とも言える扱いの良さに困惑している様子だったが、それ以上にフォリアの事が気になるのだろう、しきりにコチラの様子を窺っていて。

「………そんなに心配しないでもちゃんと話してやるよ」

揶揄うように言った俺に、自分の態度があまりにあからさまだったと気づいたのだろう、久世は居心地悪げに視線を反らした。

丸山と小野寺の料理に舌鼓を打った後、俺は自室に久世を呼びだした。

「……あの人って、」
「ン?」
「cerchioの丸山さん、と…確か、小野寺さん、ですよね」
「……なんだ、知ってるのか」
「………有名な人ですから。それに、他にも人気スタイリストやオートレーサー、stellaのヴォーカルやら次々と……一体、どうなってるんですか」

夕飯の給仕の時のことだろう。
次々と現れる執事服の奴らを目にし、久世はしきりに目を瞬かせていた。
三宮と言えど、一介の執事にしておくには似つかわしくない面子が勢揃いしていたからだ。
流石に頻繁にテレビや雑誌出演をしている者の顔は、久世も知っていたらしく、珍しく表情を崩して驚いていた。

「ふ、そんなに驚く事もないだろう」
「まさか、彼らも―――」

恐らく久世は、アイツらがフォリアを発病していて、それが原因で俺の元に集っていると思ったのだろう。わざわざそんな面白い誤解を解く必要もない俺は、そのまま曖昧な笑みで受け流し、それより、と久世の腕を掴んで引き寄せた。

「な、…にを…っ」
「……ふ、何をそんなに動揺している」
「突然同性にこんなに近くに引き寄せられたら、誰でも動揺すると思いますが」

努めて冷静な振りをして、久世は俺から距離を取ろうと手で押し返す、が、がっちりと掴まれた腕はそう簡単に引き剥がす事が出来ず、久世はこちらを睨みつけるようにして見つめていた。

「……離してくれませんか」
「それは、出来ねえ相談だな」

にたり、と悪者めいた笑みを浮かべながらもう片方の手を久世の腰に添えるように這わせれば、久世はパシンとその手を叩き落とす。

「くっく、気の強いお坊ちゃんだ」
「ちょっと、冗談が過ぎるんじゃないですか」
「生憎と、俺はくだらねぇ冗談は吐かないタチでね」
「それは……尚更、タチが悪いな」

思わず、と言った様子で口調を砕けさせた久世。

「男同士でこんなこと、気持ちが悪い」
「あんた、嘘吐きだな」
「なに、が……っ!」

気持ち悪い、と言いながらもその瞳は決して嫌悪感を携えてはいない。むしろ――、

「……ま、今日のところは勘弁してやるよ」
「……ッ」

纏わせる空気をいつものそれに変えて、あからさまに狼狽した様子の久世の腕をパっと離せば、ほう、と久世は安堵のため息を漏らして、俺から一番離れたところへと逃げるように飛んでいって。

「……くっくく」

本当に、冗談の通じない男だ。生真面目で、優等生タイプの”イイコ”ちゃん。
こういう奴ほど、ぶっ壊れた後は驚く程ぶっ飛んだ事を仕出かすというのだから、全く面白い話だ。

「ンだよ、そんなに睨むな」
「……貴方って人は、」

ため息まじりに、呆れたような声色でそう呟く久世に、フと笑みを零す。

「――お前、そろそろ無限伴侶の夢、見始めてンじゃねーの?」
「…!」

何でそんなこと知っているんだと言わんばかりの表情を浮かべながら、久世は動揺を表すように一歩後ろへと下がって。

(どうして、その事を知っているんだ…!まさか、僕の――夢の、内容を…………三宮さんの、夢を見たことを…ローディングで、読まれた…?)

――久世の、心の声がして、それから。
ぎりり、と。久世はまるで親の敵を見るような目で、こちらを睨み付けるのだった。

……………
………………………
……………………………………

久世が開けっ放しにしたままの扉を見つめ、クツクツと喉を鳴らす。

――何度も何度も久世へ施したセンディングは、うまく久世を洗脳へと導いている。無限伴侶――俺の夢を、久世は見るようになったらしい。

何日も何日もその人間の夢を見るようになれば、その人間が無限伴侶ではないか、と思い込む。フォリアに脅えている久世ならば、尚更その効果は覿面だ。
そうして何度も何度もセンディングによる刷り込みで、自分の無意識下で俺を意識しているのだと、そう思い込ませれば、久世はその夢で俺と睦み合う夢を、見始める。
結果――久世はその夢の中に現れた俺が本当に無限伴侶だと思い込み、その夢を見始めてから49日以内に俺と添い遂げられなければ――自分が父親のようになると恐れているのだ、本気で。

「クハハ、まさかこうも簡単にいくとはなァ」

普通の人間ならば、洗脳するまでにはもう少しの時間とうまいタイミングが必要だっただろう。
けれど、フォリアに脅える相手なら――冷静な判断が欠けている時ならば、ほんの少し波紋を投げかけてやれば、簡単に、本当に笑えるくらい簡単に、オチるのだ。

「―――新しいゲームのはじまり、だな」

俺を無限伴侶と意識した時、久世貴裕はどういう行動に出るのか。
それを高みの見物と行こうじゃないか。

……………
………………………
……………………………………

「ふっ…や、ぁ…万、里…ッ」

いつものように部屋に執事を連れ込み、覆い被さって噛み付くように口付ければ、相手もそれに応えるように舌を絡ませて来て。

――今日の相手は山野井だ。
最近構わなかったのが寂しかったらしく、それとなくアピールされたので誘いに乗ってやれば、嬉しそうに部屋まで着いて来た。

「…ふ、何処が嫌、なんだか…此処は嬉しそうに震えてるぞ」

既に熱を持った山野井のものを軽く握ってやれば、山野井は大げさなくらいピクピクとカラダを震わせ、俺に縋り付くように鼻を擦り付ける。

「…も、俺…っ、ダメ…ほし、…っ」

グズグズと鼻を鳴らしながら、膝で俺の股間をつんつん、と遠慮がちに突いて来て。

「くっく、随分とかわいらしい催促だな?」
「……ン…っ、…ちょ、だい…、万里ぃ!」

それに応えるように深く深く口づけ、寛がせた前を山野井のひくつくウシロへ、宛てがい、グっと腰を押し進める。
そうすれば山野井のカラダはクッとしなり、トロンと蕩けきった表情で、俺の律動に合わせカラダを震わせるのだった――。

……………
……………………
…………………………………

山野井を部屋に帰した後、スマートフォンを取り出すと久世に電話を掛ける、と。

『………なん、ですか』

暫くしてひどく不機嫌そうな声色の久世が、出た。

「くく、どうした。随分と不機嫌そうだな?」
「お陰様で。同じ屋敷にいるのに、わざわざこんな時間に掛けて来る人の所為でね」
「嫌味が言えるくらいなら大丈夫だろ。…話したい事がある、部屋に来いよ」
「――――お断り、します」

硬い声で、久世はそれだけ告げるとぷつり、と通話を切ってしまった。
…どうやら、思った以上に久世にダメージを与えているらしかった。…先ほどの、山野井との、密会は。

――そう、それは俺が山野井を部屋に連れ込む時の事。
どうやら俺に用事があったのだろう久世が部屋の近くまで来ていて、山野井を連れている事に気が付いて隠れていたようだったが。
勿論俺はそれに気付いていながら、気付かぬ振りをして、わざと久世に見せつけるようにして山野井を甘やかしたり、戯れに口づけたり、軽く服の中に手を差し入れたりと、要するに煽った訳だ。
当然、俺を無限伴侶と思い込んでいる久世は、俺の相手が他にいると知り(ましてや久世は俺に無限伴侶がいて、既に告白されていると思い込んでいる訳で)、自分の想いが叶わぬ事を、悟ったのだろう。
絶望を表情にしたとしたら、きっと、あんな顔をしているのだろうと思った。

「………楽しませてくれよ?」

まさか、このまま引き下がる訳がない。
追い詰められて、一体どんな行動に出るのか。

それがなんであれ、俺を楽しませてくれるものなら良い。そうでなければ意味がないのだから。

その時――
俺の携帯が着信を告げた
部屋のドアが、遠慮がちに数回、ノックされた