久世万√

その時、部屋のドアが遠慮がちに数回、ノックされた。

「ふ、」

恐らく、久世だろう。小さく笑みを零すと、向こうに立っているであろう人物がどんな表情をしているか予想して遊びながら、ドア越しに声を掛ける。

「…開いてるから、入って来れば良い」
『―――わかり、ました』

緊張感か、怒りか。はたまたそのどちらもかによって強張った声。きっと扉の向こう側にいる久世は、泣きそうな顔をしているに違いない、と俺はまた笑みを零したのだった。

「……何か用事か?」
「貴方が呼んだんでしょう」

ため息まじりにそう言いながら、久世は促されるままにソファに腰を下ろして。

「くっく、そうだったか?」
「……ハァ」

はぐらかす気もないソレに、久世はただため息を漏らすだけだった。
恐らく、久世は聞きたい事があるから此処に来たのだろう。そして、その結果を久世はもう既に決めつけているのだ。

「……貴方の無限伴侶は、あの人ですか」
「…………ああ」
「…ッ」

俺の言葉に久世は酷く傷ついたような表情を浮かべ、そして唇が切れるくらいに歯を噛みしめた。

(そんな……っ!!聞きたくない!聞きたくない、聞きたくない!!!……壊れたく、ない……!!)

壊れてしまうという恐怖と、無限伴侶という鎖で強制的に植え付けられた俺への、好意による、絶望。それらに押し潰されて、久世は顔面を蒼白にさせながら、ブンブンと首を振った。

(どうしたら、三宮さんを振り向かせることが、出来るんだ…ッ!!)
「――――なあ、イイコト教えてやろうか」

善意の振りをして、にやりと挑発めいた笑みを携えて、
俺は久世に救いの手を差し伸べるのだった。

……………
………………………
……………………………………

俺が久世に教えたのは、センディングという能力だ。俺がずっと、久世に施していたそれと、同じもの。
センディングとは、いわゆるローディングの逆能力のようなもので、自分の言葉で相手の心を占領するもの。洗脳などに、使える能力だ。
尤も、この能力を使うのはある条件があって、それは相手の粘膜に接触しないといけないというもの。

久世は俺のその話を聞いた途端、歪なくらい綺麗な笑みを浮かべて、そして――。
隠し持っていたなにかを俺に吹きかける、と、何故だか目の前がぼんやりとぼやけ、思考がぐらりとぐらついていく。
そうして自分の意志に反してゆっくりと下がっていく瞼に抵抗することが出来ず、意識を手放した。―――直前にうつったのは、恍惚の表情を浮かべた、久世の姿だった。

……………
………………………
……………………………………

「……ぅ、…ン…っ」
「………綺麗、だ」

場違いなほどに柔らかな笑みを零しながら、微かに眉を顰めて眠る三宮万里の頬を愛おしげに撫でる久世貴裕。
万里は一目で最高級と解る大きなベッドに紐で括りつけられ、自由を奪われていた。

一体いつから歪み始めていたのか。はたまた父親と母親を喪くしたあの時から、少しずつゆっくりと、時間を掛けて壊れていたのかもしれない。

「……あなたが悪いんだ」

もっと、時間を掛けてゆっくりと愛し合おうと思っていたのに。
僕をもっと良く知ってから、好きになってもらおうと思っていたのに。優しく、愛したかったのに。
こんな大きな屋敷で、色々な男を侍らせて、僕という者がありながら、執事服を着たあの男と、まぐわうから。

万里の寝顔を眺め、何度目かになる感嘆のため息を漏らし、ソっと唇を寄せて万里に教わった通りにセンディングを施す。

『貴方を愛しているのは、久世貴裕だけだ
貴方を愛しているのは、久世貴裕だけだ
貴方を愛しているのは、久世貴裕だけだ
貴方を愛しているのは、久世貴裕だけだ
貴方を愛しているのは、久世貴裕だけだ』

何度も何度も、同じ言葉を呪いのように呟いて。
ただ、何処までも純粋な恋慕の想いが、久世の心を歪ませてしまった。

どうせ万里には既に相手がいるのだから、もうこれ以上は何処まで落ちても、悪い結果になる事はないだろうと、冷静な部分を持ってしても、もはや久世の歪んだ想いは、暴走を止める事が出来なかった。
万里の服を寛がせ、その下に潜む滑らかな肌にそっと手を滑らせれば、一瞬呻く万里に、久世はビクン、と体を震わせるが、目が覚める気配がないと解ると、すぐにまたその動きを再開させた。

赤く染まった乳首。男のものなんて、なんてことない飾りにしか過ぎず、つまらない筈なのに。どうしてか、今の久世にはそれがとても魅力的なものにしか見えなくて、興奮で荒くなる呼吸を整えることもままならないまま、そうっとそれに舌を這わせた。

「…っ、…は、ぁ…」

白と赤のコントラストに、くらくらと眩暈すら覚える。
風呂上がり特有の石鹸の匂いに混じり、仄かに汗ばんた万里の素肌に、興奮が治まらない久世はそのまま自らの服も脱ぎ捨てると、万里に体重を掛け過ぎないようにと気遣いながらも、腹に股がって。
そうして熱の籠った自身を万里の太ももに擦り付けるようにして腰を揺らすと、勝手にこんなイケナイ事をしているという背徳感と、雷に打たれるような強い快楽に、トロンと瞳を蕩けさせる。

暫くの間、まるで性を覚えたての子供のように、久世はそのイケナイ遊びに酔いしれたのである――。

……………
………………………
……………………………………

暫くして、万里は鼻腔をくすぐる青臭い匂いに、目を覚ます。
嗅ぎ慣れた匂いは、けれどいつまで経っても慣れる事のないそれで。

「……なっ」

万里の視界にうつったのは、自分の上で野獣のような鋭い眼差しを携え万里を貪る久世の姿だった。

「……疲れてたのかな、良く眠ってたね」

ふにゃり、と何処までも場違いなほど穏やかな笑みを向けられ、一瞬その笑みに気を取られていると、再び下半身に感じる生暖かいそれに、意識を引き戻される。

「…お、い…人が眠っている間に勝手になにを…っ」

万里は相手に好き勝手されるのを好まない。
稀にカラダを貪らせる事はあるが、それも全て万里によって決定を下している事で、の範疇だ。
思わず怒りを含んだ声色で久世に問いかけるが、久世は相も変わらず穏やかな笑みでこてり、と小首を傾げるだけだった。

「愛し合ってるだけだよ?」

なにを当たり前のことを、とでも言いたげに。

「こうして沢山ここを可愛がって、僕でいっぱいに埋め尽くしてあげるからね」

言いながら後孔に舌を捩じ込まれ、指で解すように掻き回される。

「大丈夫だよ。僕、ちゃんと男同士でも気持ちよくなれるやり方を調べたから、三宮さんに痛い想いはさせないつもりだ」
「…そ、いう問題じゃ、ねえ…ッ!」

吠えるが、細長い久世の指は万里のイイトコロを的確に突き、思わず甘い声が漏れる。
そうすれば久世はまるで自分が褒められでもしたかのような、嬉しそうな表情を浮かべるのだ。

「…ここが、三宮さんのイイトコロなんだね」
「……く、そ…がッ」

久世が此処まで早く暴走するだなんて思わずタカを括っていた万里に落ち度があるのか、それとも最初からこういう運命だったのか。
巧みに縛られた四肢が、抜け出すことはおろかもがくことすら許してはくれなかった。

「たくさん、僕で突いてあげるからね」

久世に陶酔している社の女子社員たちが見たら、昇天してしまうんじゃないかというくらいに、華やかな笑みを携えて、
久世はその顔に似合わず凶暴な自身を万里に宛てがい、そんな悪魔の言葉をまるで愛の告白のように、囁いた。

万里は”埋まっていく”その感覚に、諦めにも愉悦にも似た笑みを零しながら、ゆっくりと久世の背中に腕を回したのだった。

張り巡らされた蜘蛛の糸に掛かったのは、一体どちらだったのか。
その答えは、もはやなんの意味も成さないのだ――。