バイト続き

バイト続きみたいなやつ

バイト三宮の続き

――お前のこと、好きだって言ったらどうする?

あの時の台詞が、真剣な眼差しが頭から離れない。
今まで万里を取り巻くのは、三宮というステータスを、そして万里の持つ様々な才能に魅せられた者たちだけだったから。
純粋な好意など、エリサや橘以外から向けられた事などなかったのだ。
それと同時に抱くのは、本当に自分が好きなのかという猜疑心。他の人間みたく自分を取り巻く力を含ませての好意ではないか、とどうしても疑ってしまう。

「お、三宮!」
「!…こんにちは、先輩」

大学のカフェテラスでひとり読書をしていると、向こうから見慣れた人物がまわりに沢山の人間を連れこちらに向かって来るではないか。その姿は、まさに万里の最近の悩みの種である、先輩その人で。

「なんだ、ひとりか」
「ええ、急に休講になりまして」
「ふーん。ならさ、俺とメシ食べにいかないか?うまいメシ屋見つけたんだ!」
「……え、でも…」

言いながら、先輩の後ろを見やれば、好奇心に満ちた眼差しでこちらを見る、沢山の目。
更に其の中の何人かは万里が何者かを知っているらしく、慌てたように先輩の袖を引っ張る始末。

――またか、と万里は溜息を吐く。

三宮の名を聞いた人間が取る反応は、大まかに分けて二つ。ひとつはそれにあやかろうと近付いて来るもの、もうひとつは何か仕出かすと恐ろしいという思いから、側に寄り付かなくなるものだ。
どうやら先輩の友人はその後者だったらしい。

「……俺は…遠慮しておきますよ。本も読み切ってしまいたいですし。――また機会があれば誘ってください」

気まずいという思いと、遠慮とが混合して万里は自分でも知らぬ間に先輩の友人を庇うかのような物言いで、その誘いを断っていた。

「……」
「じゃあ先輩、また。皆さんも、失礼します」

ぼそぼそと噂話をするかのように囁き合う声が煩わしくて、先輩の何かを訴えかけるような目に耐え切れなくて、万里はまだ半分も手をつけていないコーヒーもそのままに、あたかも用事があるかのように、カフェを立ち去るしか出来なかった。

カフェを去る自分の背をジッと見つめる視線にも、気付かないで。

※ ※ ※

カフェを出て、仕方ないから図書室にでも向かうかとカフェのある棟を出て資料館へと歩を進める。と。

「まっ、万里!待ってくれ!」
「…っ…!?」

声と共に腕を思い切り引っ張られ、思わずつんのめりそうな身体を必死に堪える。
振り返れば其処には、当然というべきか、先輩の姿があって。

「…なに、か…用ですか」
「う、ん。迷惑かもだけど、一言言いたくてさ…」

言いにくそうに前髪をくしゃりとかき上げて、あーだのうーだの意味のない言葉を紡ぐ先輩に、万里は小首を傾げる。
一体なんの用なのか。見当がつかないのだ。

「…俺、さ。つい、言っちゃったけど…あの、告白。でもその言葉にウソはないし、その…後悔もしてない、から…」

だからー、と其処で言葉を区切って、先ほどまで視線をあちらこちらにしていた先輩が、万里をじっと見つめる。

「あの言葉、冗談では流さないでくれな」

それ以外の言葉なら、真っ正面から受け入れてみせるから。…時間は掛かるかもしれないけど。

最後だけ、もにょもにょと聞き取りにくい声だったものの、その言葉は万里の耳に確かに届いて。

「それ、だけ。あとさ、…あいつらには後でキツく言っとく、から。俺とのメシ嫌がんないでね」

――今度断られたら泣いちゃうから。
へらり、と相変わらずの笑みを浮かべながら言った其の言葉に万里は目を見開いた。…気付いて、いたのか。すべて。

鈍くて明るいだけと思っていたこの男の、はじめて見せる一面たち。

「じゃあ、俺いくわ。またバイト先でな!」
「あ、は……い」

へらへらと気の抜けるような笑みを浮かべながら、先ほど駆けて来た道へと踵を返す先輩の後ろ姿をぼんやりと眺めて、万里は掴まれた腕を、おさえた。

「……そんなこと言いにわざわざ、馬鹿みてえ」

ぼそりと呟いた言葉とは裏腹に、その表情は真っ赤に染まり、その口元は微かに緩んでいたのを万里は知らない――。

圭さんへ!