ショタ世一くんはおねえさんがすき

 わたしの住む家のお隣には、とってもかわいい天使が住んでいる。

 天使の名前は潔 世一くん。
 運動神経が良くて、サッカーが好きだけど少しだけ臆病で怖がりな男の子だ。
 一人っ子で両親から沢山の愛情を注がれて大切に育てられた世一くんはとても穏やかで、心優しい性格だ。
 喧嘩も得意ではなくて、通学路のルートの途中の家で飼われている犬に吠えられてはよく泣きべそをかいている。
 そんなかわいい男の子。

「世一くんおかえり。今日も学校楽しかった?」
「おねえちゃん!!」

 網戸越しに家の前を歩く世一くんに声をかけると、世一くんは声に反応してこちらを振り向く。
 そうしてわたしの姿をみとめると、顔をぱあぁ、と明るくしながら背負った鞄をガシャガシャと鳴らしながらとたとた駆け寄ってくる世一くんの姿に、くすぐったくて顔が綻んでしまった。

 フリーランスのデザイナーであるわたしは、1日のうちの大半の時間を自宅で過ごしている。
 のどかな住宅街の一角に位置する我が家のリビングは陽当たりがよく、ただでさえ運動不足なのに一日中仕事部屋にこもりっきりだと尚更不健康だからと、日中は窓を開けてリビングから見える庭を眺めながらモニターと睨めっこしているわけだ。
 それにこうしていると学校から帰る世一くんの姿が窓から見え、顔を合わせると物凄く喜んでくれるものだから、いつからか自然と世一くんの帰宅時間付近にはリビングに居るようになった。

「良かったらすこし上がっていく?」
「いいの!?」
「もちろん。ジュースあるよ」

 世一くんは大人しく、悪戯もしないので、伊世さんが買い物に出掛けていたり用事で出掛ける時は1人で留守番をしたりもするが、顔見知りでお隣ということで何度か家で預かったこともある。
 運悪く鍵を無くしてしまって家に入らなかった時も、途方に暮れた顔をしながらうちに助けを求めて、半泣きになりながら「おうちに入れなくて……」としょんぼりした顔で呟いていた世一くんは、それはそれは庇護欲そそられる可愛らしさだった。

 わたしは特段ショタコンでもないので、世一くんに対して性的な目で見たこともないので伊世さんと一生さんからの信頼に罪悪感を抱かずに世一くんのことを可愛がらせて貰っている。
 なんならもはや甥っ子のように思っている。愛でまくっている。

「いま玄関あけるから、あっちの玄関の前で待ってて」

 言いながらリビングから玄関へと向かい、ガチャリと内鍵を開けた。
 そうしてドアノブを捻り扉を開ければ、そこには素直に庭先から移動した世一くんの姿。
 世一くんは「おじゃまします!」と元気良く言って靴を揃え、パタパタと可愛らしい足音を立てて玄関から上がってくる。

「そう言えば伊世さんに一言言ってからじゃなくて良かった?」

 うちの前で呼び止めてしまったから、在宅かどうか確認できていないので若しかしたら帰宅時間が遅いと心配するかもしれない、と思い声をかけると「おねえちゃんのところなら大丈夫」とだけ言われた。
 まあ一応メッセージを入れておくか、とポケットから携帯を取り出し伊世さん宛に少しの間お預かりします。と言った旨の連絡を入れつつ、世一くんをリビングへと案内する。

 飲み物を用意するからソファに座ってて、と一言伝えれば大人しくソファに腰かける世一くん。
 その後ろ姿にくすりと笑みを浮かべながら、わたしはキッチンへと向かった。

 そうしてお菓子とジュースを用意してリビングに向かうと、世一くんは何やら手持ち無沙汰であるらしい、ローテーブルに用意されたジュースのグラスをストローでぷすぷすと刺して所在なさげに弄んでいた。

「どうしたの?」
「あっ、おねえちゃん」
「暇だった?」

 そう声をかけてから、ソファに腰かけた世一くんの前にグラスを置いてあげる。
 そうすれば、手持ち無沙汰で遊んでいたのを見られたことが少しだけ恥ずかしいのか、世一くんは照れたように笑いながらありがとうと言ってくれた。
 うーん、本当に天使。かわいい。

「世一くんってほんとかわいいよね」
「えぇっ!?」
「もうおねえちゃんちの子になっちゃえ!」

 冗談めかして、本心を半分程織り交ぜつつくすぐりながらキャッキャッとそう言えば、くすぐられた世一くんもキャッキャと笑いながら「え〜っ」と、照れながらも満更でもなさそうな反応を見せる。
 そんな世一くんがかわいくて仕方がないわたしは「ほら、ジュース。ぬるくなる前に飲んだほうが美味しいよ」と促す。そうすれば、世一くんはグラスを両手で持ちながら、こくこくとジュースを飲み込んだ。
 暫くそんな様子を眺めていれば、あっという間にジュースは消えてなくなり、お菓子も二人で分け合って食べたところで、わたしは世一くんに声をかける。

「そうだ、世一くん。今日学校どうだった?」
「えっとね、きょうはね……」

 そうして今日あったことを楽しそうに話してくれる世一くん。
 どうやら今日は体育の授業でサッカーをしたらしい。先生から1点決めたと誇らしげに話す世一くんに、偉い子だね、頑張っているねと言いながら褒めそやせば、彼は嬉しそうに破顔する。
 そうやってにこにこしながら世一くんが学校の話をしていると、世一くんが「ねえ、おねえちゃん」と、何かを聞きたそうにわたしを呼んだ。

「どうしたの?」
「あのね、おねえちゃんに聞きたいことがあってね……」

 学校で何かあったのだろうか。そう思いつつ世一くんの次の言葉を待っていれば、世一くんはもじもじと恥ずかしそうにしながら、「おねえちゃんのかわいいって、どういう意味?」とわたしの袖をくいくいと引きながら尋ねてくる。

「かわいいの意味?」
「そう!」
「……どうして?」
「かわいいって女の子に言う台詞なのに、おねえちゃんはいつもかわいいって言うから」

 神妙な顔持ちで何を言うと思ったら、そんなことか。
 少しだけ不満そうに唇を尖らせて言うものだから、思わずくすりと笑みが溢れた。
 かわいい、か。まあ確かに年頃の男の子にとって、かわいいと言うのはあまり褒め言葉に聞こえないのかもしれない。

「かわいいにはね、色んな意味があるんだよ。わたしの言うかわいいは、好きってこと」

 そう伝えれば、世一くんは目をパチクリと瞬かせて、「好き? 好きなもの?」と、確認するみたいに繰り替えす。

「そう、好き。世一くんの笑顔を見ると癒されるし、嬉しい気持ちになるでしょ? 世一くんがニコニコしてたらおねえちゃんも笑顔になるし、世一くんのことが好きだから、かわいいって言うの」
「っっっ!!!!」

 世一くんは納得した表情をしてから、わたしの言った言葉を反芻するように口の中でもにゃもにゃと繰り返し、それから思いっきり赤面する。
 そうしてカチコチに体を硬直させながら、世一くんはわたしを見て何か言いたげに唇をはくはくとさせた。

「世一くん?」
「おっ、おねえちゃん」
「どうしたの?」
「……あのっ……あのね……」

 世一くんは両手でぎゅっと服の裾を握り締めながら、何かを言いあぐねている。
 もしかして、何か嫌な思いをしてしまっただろうか? やっぱり普段からかわいがって一緒にいると言っても、相手は人様の家の男の子だし、甥っ子みたいに接するのは軽率な言葉選びだったかもしれない。
 なんて、内心オロオロしながら言い淀む世一くんの言葉を待っていれば、世一くんは決意したように顔をバッとあげてこちらを見据え、やけに真剣な顔をして口を開く。

「ぼっ、……ぼくもっ! おねえちゃんのことっ、す、好きっっっ!!」

 えっ。

 思いもしなかったその言葉にわたしが目を見開いていると、世一くんはまるで告白でもするように顔を真っ赤にしてぷるぷると震えながら、「あのっ、その、えっと……」と口をつぐんでしまう。
 そうして何度も、何度も、言おうと口を開きかけては閉じ、開きかけては閉じを繰り返しながら視線を右往左往させる世一くんの様子に、わたしも思わず言葉に詰まってしまった。
 男の子の初恋は幼稚園の先生か友達のお姉さんだなんて言うけど、恐らくそういう憧れ的なアレに、まず恐れ多いと思ってしまった。
 とは言えこんなにかわいい天使に好きと言って貰えるのは大変喜ばしいことで。

「ありがとう。両思いだねー! 嬉しいなぁ」

 将来世一くんが大きくなって反抗期を迎えた頃、今日のことを振り返って黒歴史だと思わないことを切に願いながら、わたしはにっこり笑って世一くんのサラサラの頭を撫でる。

「ぼくが大きくなってプロサッカー選手になったら、おねえちゃんをおよめさんにするからっ、だからぼくと一緒にけっこんして!」
「うん、いいよ」
「ほんと!? ぜったいぜったい約束だよ!!」

 ちょっと早熟な小学生のかわいい口約束。
 それでも嬉しくて頷くわたしに、世一くんは満面の笑みで本当に嬉しそうに笑って言った。
 きっとこれから先の人生、そんなことあるはずがないと分かっているのに、この時のわたしはこの天使の笑顔を守る為なら何だってできる気がしていた。

「うん、約束。疑うなら、指切りしよっか」
「指切りじゃなくて、ちゅーがいい……」

 目をうるうるさせてそんなことを言いながらわたしのことを上目遣いで見つめてくる世一くん。
 えっ、かわいい。
 わたしはときめきつつも、流石にそれはやり過ぎだろうと思い「だめだよ」とやんわり注意すれば「どうして」と不満げに世一くんは言う。
 内心でマセガキ〜、と思いながら、まあこれくらいなら良いかと世一くんの前髪を手で持ち上げ、露わになった形の良い額に唇を寄せて。

「続きはもうちょっと大人になったらね」

 ぽかん、と口を開いたままわたしを見つめるかわいいマセガキ天使くんに、悪戯めいた笑みで言葉を返してやるのだった。