[セーラー服Special]相浦翠

――星歴8430年。
地球上にある、今の日本によく似たとある国。
学校や会社があって、社会生活が営まれているのは今の日本と一緒。

―――ただひとつ。
現代日本と違っている点がありました。
それは……。

『好きな人に告白するときは……セーラー服を贈らなければならない!』
ということです―――!

………………
……………………………
……………………………………………

「先輩、おはようございますっ」
「相浦、おはよう。今日も元気いっぱいだね」

爽やかな朝に相応しく、ハキハキとした挨拶と共に太陽みたいな笑顔を向けて来る相浦。
僕は相浦へ挨拶を返しながら無意識に、まるで子供にするのと同じようにぽんぽんと頭を叩いてしまった。

「……へっ」

僕の行動に驚いたのだろう、相浦は大きな瞳をクリクリと丸くして、ぽかんと口を大きく開けながら間抜けな表情で僕を見上げて来て。

「…あ、ごめん…。つい、大輔にするみたいにやっちゃって…」

そう言いながら謝れば何故か相浦はムッとしたように唇を尖らせ、それでも嫌ではなかったのだろう、照れくさそうな顔でふにゃりと眉尻を下げる。
そんな相浦が、どうしてだか素直になれない子供みたいで、思わず僕までふにゃりと表情を緩めてしまう。

「……相変わらず仲、いいんですね…」
「うん?」
「……な、んでも…ないです」

なんでもないとは到底思えないような、大げさな物言いになるがまるでこの世の終わりのような落ち込み具合だ。

(……うーん……僕の思い違いでなければ、だけど)

会社での後輩、という以前に相浦は元々大学の漕艇部の方の後輩で、どうしてだか出会った当初からこうして僕のことを一心に慕ってくれる。
けれど、その瞳の中に、垣間見る純粋な憧れとは少し違った色がどうしても僕の気の所為だとは思えなくて。

生意気で、営業部ホープと期待され続けている相浦が僕にだけ素直に懐き、慕う。
これほどまでに純粋に好意を向けられて、嫌だと思うはずがなかった。

………………
……………………………
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「ありがとうございましたー」
「ん……?」

目的のものを買い終え、帰路に就こうと自動ドアをくぐろうとすると、入り口付近の棚に陳列してあった雑誌に気になる文字を見つけてしまい、思わず立ち止まる。
女性をターゲットにした雑誌で、俗的な話題が多く書かれたものだ。
思わず手にとってしまった自分を恥じたが、それ以上に内容が気になってしまった僕は、自分でも無意識のうちにぺらぺらとページを捲っていた。

ついに同性婚の法が可決されたことは周知の事であり、あれ以来同性同士のカップルが格段と増えていることは、街を一日歩いていればすぐに実感するだろう。
しかし、世間の差別意識が全くない、といえばもちろん嘘になる。今でさえ気持ち悪い、と思う人間は少なからず居るし…僕も嫌悪はしないまでも想像がつかない、まるで雲の上の事のように、ふわふわと実感のない話題であった。自分には関係ない話だと、思っていたのである。

けれど――けれど今の僕は…どこか、変だ…。

目的のページに辿り着き、文章も読まずに無感動にぺらぺらと捲っていた手を止める。
ページには表紙に書かれていた煽り文句と同じように、『今、男性用セーラー服が熱い!!』と書かれていて。

「へえ…」

今は男性にセーラー服を贈る、そんな時代になったのか。
変な感心をしながら、文章を目で追っていけば気になる一文を見つける。

『男性用セーラー服は信愛や尊敬、感謝の気持ちを伝える手段として大流行しています。』

ページには、お世辞にも似合っているとは言い難い、男性用セーラー服を身にまとった男性モデルの写真。

「……うーん…」

どうやら僕の思った以上に男性用セーラー服というのは流行っているらしく、様々な体型に合わせたセーラー服が紹介されていた。

信愛…感謝、そう聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、相浦の顔だった。憎からず思っている相手だ。たまにはこういうイベントに乗って感謝を伝えてみるのも面白いかもしれない。
けれど、どのセーラー服を見てもしっくりと来ない。
どういうのが似合うんだろう、想像上で相浦に様々なセーラー服を着せながらあれも違うこれも違うと首傾げていれば、窓ガラス越しに見慣れた人物の姿を見えて、思わず声を上げてしまう。

「相浦!!」

つい先ほどまで、僕の頭を占めていたその人だったからだ。
相浦は僕の声に気づいたのだろう、不思議そうに辺りを見渡し、それからこちらに顔を向け、パッと表情を明るくさせながら駆け寄って来る。まるで、飼い主を見つけた犬のように。

「先輩!!どうしてこんなところに…?」
「それは僕の台詞だよ…!こんなところでどうしたの…?そんな格好で…」
「あ、営業で……接待があったんで」
「ああ、そうか。ご苦労様」

相浦は取引先でも評判がいい。恐らく今日も長くまで付き合わされたのだろう。少し疲れたような笑みを携えながら、僕の持っている雑誌を一瞥し、小首を傾げた。

「先輩、なに読んでるんですか?」
「え?ああ、これ?なんでもないよ、ただの暇つぶし」

どうしてだか素直に言う気にはなれず、曖昧に誤摩化す。そんな僕の言葉に、相浦は納得していない表情のまま、緩く相槌を打った。

「いつまでもこうしていても仕方ないから帰ろうかな。呼び止めちゃってごめんね」
「あ、いえ……先輩に会えて、嬉しいっす…」
「…………、…そっか。…僕も会えて良かったよ」

そう言って頬を掻きながら照れ笑いを浮かべる相浦に、僕も同じようににこりと笑みを返して、棚に雑誌を戻してどちらともなく自動ドアをくぐって歩き出した。

「駅の方?」
「あ、はい」
「そう。じゃあ途中まで一緒に行こうか」
「はいっ!あ、先輩、荷物持ちますよっ」
「別にこれぐらい大丈夫だよ、大して重いものでもないし」

それもそのはず。ビニール袋に入っているのは、先ほど店で買った洗剤ひとつだ。
いつもは欠かさずストックを置いているのだが、最近仕事が忙しかったからか、うっかりストックを買い忘れていたのだ。

「あ、そうだ」
「?」
「明日、予定ある?」
「……へ?…い、いえ…特には……」

相浦の返答を聞き、それなら、と駅の方に向かっていた道を逆戻りして、困惑したまま僕に付いてくる相浦を振り返り、杯を傾けるジェスチャーをしてみせる。

「久しぶりに飲もうか。良ければ僕の家においで」
「……えっ、いいんですか!?」
「?ちょくちょく来てるだろ?」
「そ、う…っすけど……でも……」

街頭の時計をちらりと一瞥してみても、まだ終電を気にする時間でもない。

「やっぱり用事があった?」
「いえ……それじゃお邪魔、します」
「うん、おいで」

相浦らしくもなく、何かに遠慮していたらしい。
遠慮する間柄でもあるまいし何を今更、なんて僕は思うけど…きっと相浦にも思うところがあったんだろう。

………………
……………………………
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相浦とぽつぽつ会話を交わしながら15分ほど歩けば、見慣れた日本屋敷が視界に入って来る。――僕の、家である。

「相変わらず凄いですよねー…」
「古いだけだよ」

ほへー、なんて間抜けな声を漏らしながら僕の家を見上げる相浦に、苦笑いを零しながら中に入るように促せば相浦は大人しく僕に着いて来て。
そのまま居間へと案内し、皺にならないように、とハンガーに相浦から受け取ったスーツの上着を掛ける。

「……何がいいかな」
「え、あ……ん、と…じゃあビール、お願いします」
「うん、わかった。ちょっと待っててね」

そう言い少しの間相浦を居間にひとり残し、ビールを取りに冷蔵庫へと向かう。

――確か、相浦が好きだった銘柄があったはず。

そう思い冷蔵庫をガサガサとあさり、ついでにおつまみになりそうなものを数個見つけ、ビールと一緒にそれらも運ぶ。

「どうぞ」
「あ、すみません」
「気にしないで」

どちらかと言えばガサツな相浦だが、箸使いはキレイだ。
プルタブを開けながら相浦の動作を見つめていれば、見つめられている事に気づいたのだろう、相浦が居心地悪げにこちらに視線を向けていて。

「……先輩?」
「…………相浦は、さ」
「?」
「―――いま男同士でセーラー服を贈り合うのが流行ってるんだって…知ってた?」
「…………知って、ました。俺、営業で色々なジャンルの話を聞く機会が多いですから」
「ああ、そっか…そうだよね」

もしも相浦だったら、どんな人にどんなセーラー服を贈るのだろう。
そんな純粋な興味が、首を擡げる。

「……ん?グラス欲しかった?」
「あ、いえ…缶のままで大丈夫っす。…先輩はそれを知って、どう思ったんですか」
「んー……強いて言うなら……」

強いて言うなら、相浦なら…どんなセーラー服が似合うだろうって、思った。
嫌悪感とか、そういう次元じゃない。オカシイとすら、考えられなかったのだ。

「相浦はセーラー服が似合いそうだな、って」
「なっ、笑えないっすよ…っ!」

ビールを傾けながら、にこり、と笑いながら言えば相浦の顔は面白いぐらいにボンっと赤く染まり、そして拗ねるように唇を尖らせて大きな目で睨み付けてくるのだった。

………………
……………………………
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抑えているつもりで、結構なペースで飲んでいたようだ。
ぐらりと揺れる頭を押さえながら、隣でぐうぐうと穏やかな寝顔で畳に寝転んでいる相浦を見つめ、苦笑いを零す。

――今、何時なんだろう。相浦を起こした方がいいだろうか。

そう思い壁に掛けてある時計の針を眺めれば、終電に間に合うか間に合わないかぐらいの微妙な時刻を告げていて。
…今から叩き起こして、支度をしてもきっと間に合わないだろう。そう思い、終電で帰すという考えは取っ払い、相浦をどう僕の部屋に連れていくかの方法を考えることにした。

「……ン……せん、ぱい…」

何が楽しいのか、口許を緩ませながらむにゃむにゃと僕の事を呼ぶ相浦。
一体どんな夢を見ているんだろう。

「……せん、ぱ…い……俺……は、」

暫く待ってみても、その先の言葉は相浦の口からは紡がれなかった。

とりあえず、このまま居間で転がしておく訳にもいかないだろう。それに、スーツのまま眠ってしまった。このままだと、折角のスーツが皺だらけになってしまう。…うーん、僕が着替えさせるしかない、かな。
溜息を吐きながらゆったりと腰を上げ、自室にある予備の浴衣と取りに戻ろうと立ち上がれば、相浦の洋服の裾を掴まれてしまう。…寝惚けているのだろう。

「すぐ戻ってくるから、ね?少しだけ待っていて」

――なんて言っても聞こえている訳ないけど。
相浦の少し痛んでパサついた髪をくしゃりと撫で、そう言い聞かせるように言えば、偶然か、相浦はゆったりと手を離したのだった。

「……これでよし、と」

予備の浴衣を持って来て、眠っている相浦の服を何とか着せ替え終わる。
眠っている人間は起きている時よりも格段に重く、体格のいい相浦を着替えさせるのは結構な労働だ。
…でもまあ、僕も伊達に鍛えていないからね。そのまま相浦を抱き上げ、再び自室へと向かう。

部屋は無駄にあるから客室に泊めても良かったんだけど、この前大輔が泊まりに来てから大輔は荷物を客室に置き去りにしてしまったのだ。
…大輔曰く、どうせまた泊まるんだからイチイチ毎回荷物持って来るのが面倒だという事らしいが…

「――まあ、相浦は雑魚寝に慣れてるだろうし、大丈夫か」

漕艇部の合宿では、大部屋で皆で布団をぎゅうぎゅうに敷いて寝る、なんて事もあったんだから。
幸い僕のベッドは相浦の寝相が悪くなければ二人で寝ても余裕がある。
僕は無理矢理納得すると、相浦をベッドの壁側に寝かせ、自らもようやく寝巻きである浴衣へと着替えるのだった――。

――ああ。疲れた、な。

………………
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ギシギシ、とベッドが軋む音が鼓膜に届き、ぼんやりと目を開ければ、何故か僕の上に股がる相浦の姿があった。

「……相浦…?」
「翠、って呼んでください、いつもみたいに」

熱っぽい眼差しで、僕を見下ろす相浦。
どうしてか相浦が纏っていたはずの浴衣は見慣れたスーツに変わり、僕の方も同じようにスーツを纏っていた。
きっちりと着込んだはずのスーツは乱れ、相浦は荒く呼吸を繰り返しながら、僕の下腹部に尻を擦りつけていて。

「な…にして、」
「貴裕さんの、もう……欲しい……」

切なげに眉を顰めて。相浦は甘ったるい声でそう強請ると、自分で焦れったげにベルトを取り去りファスナーを下ろした。そうしてテントを張った下着に手を伸ばして、それから――。

「!!!」

そこで目を見開き、勢いよく起き上がる。恐る恐る隣を見てみれば、相変わらずすやすやと眠る相浦の姿があって。思わず相浦の纏うそれを見てみるが、やはり…というべきか当然というべきか、僕の着させた浴衣である。…もちろん僕のも。

――夢、だろうか。あんな、リアルな……それでいて、有り得ない内容。
背中はじっとりと汗を掻いていて、気持ちが悪かった。

相浦を起こさないように細心の注意を払いながらベッドから抜け出し、シャワールームに飛び込む。
じっとりと身体に纏わりつく不快感を、汗と一緒に流し去るように勢いよく頭からシャワーを被れば、段々と平常心を取り戻してきて。

「……なんで、あんな…夢……」

相浦と、交わる夢。僕の願望、なのだろうか。
妙にリアルな感触と、……おかしな既視感。…あれは、本当に夢だったのか?

『    』

意識が目覚める直前に、どちらかが紡いだ音のない、言葉。
なんと言っていたのだろうか。ぼんやりと考えてみるけれど、どうしてだかその事を考えると急に頭が痛んで、思わず考えを振り払うように頭を振ってしまった。
嫌な、予感がする。まるで触れてはいけないと、言われているようで。

シャワーを済まし、部屋に戻ると既に相浦は目覚めていた。

「あっ、おはようございます」
「……ああ、おはよう。相浦」
「…すみません、俺…結局泊まらしてもらったみたいで」
「気にしないで。僕が飲ませすぎちゃったみたいだ」

どうせ今日は土曜日で、会社はない。
相浦が泊まろうが帰ろうが、どちらでも僕にたいした負担はないのだ。

「……俺、昨日変なこと口走ったり…してないですよね?」
「なにもないよ」
「…そう、っすよね、良かった。少し、変な夢……見ちゃったんで」

気恥ずかしそうに頬を掻きながら笑う相浦のその言葉に、思わずドキリとした。
相浦も、僕と同じ夢を見ていたのだろうか。いや、そんなまさか――。有り得ない考えに自分が馬鹿らしく思えて、思わず自嘲の笑みが毀れる。

「先輩に、セーラー服を贈る夢……だったんです…」
「えっ」

セーラー服、という単語にさっきまでとは違う意味で、ドキリと心臓が大きく脈打つ。
あんな夢を見たからだろうか。…男同士でセーラー服を贈るという行為の意味が、感謝や尊敬じゃなくて、ソウイウ対象としての、と。
そんな風に考えてしまっていた。

「……そ、う…なんだ」
「あっ、ちが…別に、先輩を困らせるつもりとかじゃなくて…その、他意は、なくて…っ」

僕はなんと返していいのか正解がわからず、結局そんな曖昧な返事しか返せずにいて。
そんな僕に相浦はどうしてだか焦ったように弁解をし出し、それからふにゃりと泣きそうな表情をつくる。

「―――   」
「え?」
「……いえ、何も」

緩く首を振る相浦だが、今確かに相浦は『はやく思い出してください』と、そう、言った筈だ。
思い出す……僕は、なにか忘れている?なにを、忘れているんだ?

「先輩……もし俺が、先輩にセーラー服を贈りたい、っていったら……どうしますか」
「……えっ」
「あっ、もしも、ですからね…!」

相浦の言葉に思わず大きく声を上げてしまう僕に、相浦は焦ったようにそう付け足す。

「……うーん……そうだなあ」

そもそも男性同士でセーラー服を贈り合う、なんて知ったばかりの情報だ。相浦から贈られるなんて、当然考えたこともなく。

――でも、そうだな…。

「……うれしい、かな」
「嬉しい、ですか?」
「うん。だって尊敬や感謝の証なんだろう?すごく光栄だなって思うよ」
「―――……っ
もし、……もし、そういう意味だけじゃなくて……、だったら…?」
「えっ、…えっと……」

――相浦が、僕の事をそういう意味で好き?

そう考えて、思わず先ほど宥めたはずの熱が再び首を擡げるのを感じて、慌てて意識を集中させる。

あんな夢を見てから、僕はすこし可笑しい。寝起きの相浦を色っぽいと思うようになったり、あんな夢を見て……興奮、してしまったり。

「………うれ、しい……と、思う、少なくとも……嫌じゃ、なかったから」
「!!!」

もちろん僕は男好きではない。れっきとした女性を恋愛対象と見ている。見ていたはずだ。
でも、どうしてだか…相浦の質問に嫌悪感など微塵もなく、ストンと。本当にストンと、その感情が落ちてきた。
まるで、それが当然の事であるような……前から存在していたように、当たり前のように振って来た感情に当然僕は戸惑い…けれど、やはり嫌だ、と思う事は一回もなかった。

………………
……………………………
……………………………………………

――儀式、というと少し大層な言い方になるが、ソウイウ使い方をする専用の部屋へと相浦を導き、それぞれ背中を向けて紙袋から取り出したそれに、着替える。
僕は相浦が選んだセーラー服に、相浦は僕が選んだセーラー服にそれぞれ身を包んで。

あれから、二人でその日のうちにそれぞれに似合うセーラー服を探しにいって。
なにを言うでもなく当たり前のように、タクシーを捕まえて僕の母校へと向かっていたのだった。

休日特有の、シンと静まり返った学校。
教室内には、僕と相浦の息遣いだけが響き渡り、どうしてか不思議な気持ちになる
相浦は少し照れくさいのか、カーテンに包まりながら、それから僕を見て、ふにゃりと表情を緩ませた。

「先輩、可愛いっす…」
「ふふ、翠ちゃんもなかなかお似合いだよ?」

ホントは漕艇部なんてやってた二人のゴツい身体にはセーラー服なんて不恰好なだけだけれど、僕にはそれに身を包んでいるのが相浦というだけで僕には他のどんな子よりも可愛らしく見えるんだ。

「先輩……俺、」

もじもじと身体を揺らしながら相浦は僕を上目遣いで見やる。

「ん?」
「お、れ…」
「…?」

すこしかさついた唇が、もの言いたげに微かに動き、けれどそれは音にならず、きゅっと再び閉じられてしまう。

「相浦…?」

閉じた唇に歯を立てながら、何かに耐えるように顔を顰める相浦。けれどそれは辛いだとか苦しいだとか、そういうものじゃなくて…むしろー

「…ごめ、なさ…俺、俺…こんな…っ」

微かに呼吸を荒くさせながら、相浦は頬を紅潮させながら縋るように僕を見遣る。
涙の膜の張った瞳を揺らしながら相浦は自らのスカートの裾をぎゅうっと皺になるくらいに強く強く握り締めて。

「……大丈夫だよ」

僕はそんな相浦を安心させるように相浦の身体をふわりと包み込むように抱き寄せ、そっとこめかみに口付けを落とした。
そうして身を寄せて自分も同じように熱を持ったそこを相浦に分かるように押し付けると、その存在に気付いたのだろう。
相浦は大きく目を見開いてそれから気恥ずかしそうに、でも嬉しそうにふにゃりと表情を緩めた。

「…あ……せんぱい、も…?」
「……相浦が可愛すぎるから…」

だからーー

僕は相浦のスカーフをしゅるりと抜き去り、そのスカーフで相浦の手首を縛り上げた。

「……せ、んぱ…!?」

当然戸惑う相浦に安心させるように笑みを向け、無防備な首筋に唇を寄せて。
微かに香るシャンプーのにおいと、相浦の匂いと汗の匂いが混じり合って、たまらなく興奮を覚えた。

「好きだ、好きだよ相浦。」
「俺も、好きです…っ」

感極まったように涙を零す相浦が愛おしくて、目尻から流れる一筋の涙を舌で掬うように舐めとれば、それすらも刺激となるのか、相浦はピクンと身体を震わせる。
こうして相浦に触れるのは初めての筈なのに、不思議とどこに触れたら相浦が喜ぶのか、どこが好きなのか、言われなくても解る自分が居る事に、何故か僕は驚きを覚えず、当然のように受け入れていた。

「幸せになろうね」

こめかみに唇を寄せながら相浦の耳元でそう囁けば、相浦は快楽に瞳を潤ませながら嬉しそうにはにかみながら、頷いたのだった。

―地球上の「日本」によく似た、けれどどこか違う、もうひとつの世界―

―貴方日記 夢世―
相浦翠編 セーラーEnd fin