モブ主

自分を見る目が、異質なものだということには気付いていた。

「ああ、お久しぶりです、その他さん。――今度の共同開発の話ですが」

その他は経営が軌道に乗る前から三宮グループと付き合いが深く、大手の会社の取締役をしている、所謂VIP客というやつだった。
その他の会う度にあからさまな、しかし場慣れした男らしいスマートな誘いは相手に断らせる隙を与えないもので。万里もまた、然りであった。尤も、万里の場合は仕事の付き合いだと割り切っていた部分もあったのだが。

父親が失踪し、ビジネスの知識など一切持ち合わせていなかった自身が、こうして三宮を此処まで大きく出来たのも、あの男の存在があったからだろう。
その好意を利用し、不自然でない程度のボディタッチなどを増やしていったこと。きっと、聡いその他ならば気付いていただろう。…自分の目的も含めて。でも、それでも解っていながらも罠に自ら嵌りにいったのは、その他がそうした代償を払ってでも、万里のことを欲していたからに他ならない。

「…はい、ええ。……わかりました。大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます」

自分よりも十程上の、取締役としては若いと言えるだろう男。その他は、屋敷にいる執事たちと比べても遜色ないほど、端正な顔をしている。

少しの世間話も交えながら、馴染みの料亭で商談する約束をして。

「ええ、こちらもお会い出来るのを楽しみにしていますよ。」

失礼します、と断りの合図を入れ、電話を切れば、その口許には無意識に笑みが浮かんでいた。

二人の間には複雑に絡み合った糸のような感情が渦巻いていて。
その他は、偏屈な耄碌ジジイらみたいに言いくるめる必要もなければ冗談も通じる。職業柄か話術にも長けている。もしも万里がその他にとっての欲望の対象となっていなければ、ふたりは一種の兄弟のような、親友のような、そんな存在に近いものになっていたかもしれない。
――もっとも、たられば話になどなんの価値もないけれど。

なにも知らない若者が、いくら才能が開花したからと言って、大した苦労もせずにのし上がれるような世界じゃない。

肩書きばかりの重鎮とはどこにでもいるもので、そういう者に限って、スキルや知識ではなく年齢ばかりに目がいくもので。
否、そういう者だからこそ、能力のある自分よりも若い存在を嫉み、粗捜しとばかりにどうにか足元を掬おうと血眼になるのかもしれない。

そう、でも。そんな世界だからこそ――万里は時には自分の体を使い、のし上がって来た。
本来持っていたその才能に、目を向けてもらうために。

経営だけに限らず、すべては縁ありて花開くものである。人間関係を結んでいれば、それはビジネスに発展することはよくあることで。

――その他ともまた、そういう関係であることは、いうまでもないだろう。

こうして世界に名が知れ渡り、財を持った今でも、それは変わらない。こうして縁を結んでいれば、必ず後々それが実を結ぶからだ。

割り切った、打算的な関係。それを虚しく思ったことなどただ一度だってない。
そうしなければ、三宮を――エリサや橘や、役員たちを守ることが出来なかった。

「………ふ」

自嘲とも取れる短い笑みが自然とこぼれ落ち、万里はすべての感情を振るい落とすように頭を振ると、浴室へと歩を進めた。

約束は、今夜。幸い今日は急ぎの仕事はない為、元々夜はフリーのつもりだった。…尤も、自覚はしなくても仕事人間である万里のことだ、自分で仕事を見つけ出してしまうだろうが。

浴室の扉を開ける手前で立ち止まり、時計に目を向ける、と。

「まだまだ余裕がありそうだな…」

どうせ、商談とは名ばかりで、実際は体を重ねるというものだ。
その他の好きそうな言葉も、好んでいる動作も、嗜好も、すべて頭に叩き込んである。後は、時間までにその他の為に前処理をするだけなのだから――。

※ ※

気怠い身体に鞭を打って、身支度を済ます。
その他の好むようなスーツに身を包み、以前いい匂いだと言われたフレグランスを振り掛け、再度時計を見れば、いつの間にやら出発の時間は近かった。
それを確認すると、緩慢な足取りで部屋を出て、廊下で控えていた橘に声を掛ける。

「橘」
「は…」

名前を呼ぶ、それだけで長年連れ添って来た橘には、万里がなにを要求しているのか。それが正しく伝わって。
恭しく頭を垂れた後、橘は手際よくお抱えの運転手を呼び寄せると、また一礼をし後ろに下がる。

「いってらっしゃいませ」
「ああ――今日は泊りになる」
「承知致しました」

それだけ言うと、万里は車に乗り込んだ。
行き先はわざわざ万里が言わずとも、橘が予め伝えてあるだろう。

車内での会話は特になく、万里は目的地につくまで頬杖をつきながら瞳を閉じていた。

目的地につく程、街の光景は少しずつ姿を変えていって。
喧騒とした街から少し離れた、落ち着いた雰囲気の料亭。商談に使う者は多く、”気が利き過ぎる程気が利く”ことから、万里も愛用している料亭である。

「……此処で良い」
「いってらっしゃいませ」

料亭から少しだけ離れた場所で車を留めさせると、ゆったりと、けれど優雅な動作で車を降り、旅館の方へと歩き出した。

少しすると。

「……万里!」

いつもの声色よりか、少しばかり弾んだ声。
聞き慣れたその声に振り返ると、其処には思った通りの男の姿があった。

「その他さん」
「奇遇だね。…あれ、なんか…また美人になった?」
「…ふ、相変わらず冗談がお上手ですね」

少し…否、だいぶフランクなこの男は、けれど仕事になるとかなりのやり手であり、冷徹だ。
へらり、と人の好さそうな笑みを浮かべながらも、その内心は未だに万里ですら掴めなかった。

「いやいや、冗談じゃなくて本当なんだけどなあ。…万里は僕の言葉、全然信じてくれないよなあ。僕の言葉ってそんなに軽い?」
「ええ」
「うわ、ひどい。即答とか」

万里は相変わらずクールなんだから、だなんて年甲斐もなく唇を尖らせてその他はその軽薄な口調とは裏腹にスマートな動作で、自然に万里をエスコートするように旅館へと足を踏み入れたのだった。

※ ※

馴染みの仲居に個室へと通され、腰掛ける。

「最近どうなの?」
「相変わらずですよ」
「相変わらずかあ…でも、三宮が若い子を囲いはじめたって、噂だけどね」
「―――ふ、それは…なんの冗談です?」
「ふふ、相変わらず誤摩化すのが上手だ」

徳利を傾けその他の猪口へと酒を注ぎながら、万里はその言葉に鼻から息を漏らせば、その他は万里の返答を最初からわかっていたとでもいうかのように笑って、酒をあおる。そうして同じように万里の猪口に注いで。

「なんのことやら」
「ふふっ、ま…別に僕は万里に干渉するつもりなんてないからねえ」

その他にとって、欲望と執着は別の次元の話である。
例え身体を重ねたとしても、万里の心が何処に向かっているのか、其処に興味などない。
万里もまた、そんなその他のスタンスを快く思っていたし、それくらいドライな関係だからこそ、これだけ長く続くことが出来たのだろう。

「むしろ、色々な男を知った方がよく熟れる」

万里のあられもない姿を想像したのだろうか、その他は興奮に仄かに頬を紅潮させ、緩やかに弧を描く瞳には、はっきりとした暗い欲望が含んでいた。

「はっ、相変わらず悪趣味だ」
「それはそれは、最高の褒め言葉だよ」

勢い良く酒をあおり、曖昧な笑みを浮かべた万里に、その他はいっそ歪んでみえるほど完璧な笑顔を浮かべたのだった。

※ ※

「それで、共同開発の件なのですが――」
「いいよ、万里の着眼点には僕も一目置いている。行動力も、それを可能にするだけの力も持っている。こっちの役員は好きに使ってくれて構わないし、なにか問題があれば僕に声をかけてくれて構わない」
「―――…随分買って下さいますね、なにか企んでるんじゃないですか?」
「失礼だなあ。僕が仕事に私情を挟まないの、知ってるくせに」

にこり、と相変わらずの人の好い笑みを浮かべながらもその声に温度はない。そういう男なのだ、このその他という男は。

「ええ、よく存じてますよ」
「意地悪だねえ」

本当に意地が悪いのは、そっちの癖に。
外堀を埋めて雁字搦めにして、すべて失いかけたところにまるで救世主のように手を差し伸べて、縋らせる。まるで真綿で首を締めるように、じわじわと苦しめる。
この男は、その手腕で一世代で築き上げただけあり、下手をしたら万里よりも意地が悪く、性格が歪んでいる。
決してそうは見えないところが、その他という男の恐ろしいところでもあった。

クツクツと喉を鳴らせ、捕食者のような鋭い眼差しを向けて。
万里はその視線を浴びて、条件反射のように身体を震わせた。まるで、自分が被食者になったかのような錯覚を覚える。

「案外酔ってるでしょう?これ、口当たりはいいけど、度は結構えげつないんだよねえ」
「……は、まるであんたじゃねえか」
「あはは、それは言い当て妙だ」

ほんのりと桜色の染めて悪態を吐く万里とは対照的に、その他はなんてことない涼しい顔でどんどんと猪口をあおっていく。

「……は、あちぃな」
「結構なペースで飲んでたから、酔っ払っちゃったんだね。」
「…酔ってねえ」
「酔っ払いほどそういう事いうんだよねえ。第一、」

その他は、其処で言葉を途切らせると、小首を傾げて笑う。

「俺にそんな口利いて、随分と偉くなったものじゃないか」

にこりと。笑顔だけはいっそ天使のように邪気を纏わないそれだというのに、言葉は何処までも威圧的で。

「なあ、万里」

にこりと、柔らかな笑みから、にたりと厭らしい笑みへと形を変えて。
その他は万里の耳元で低く囁く。声に甘さを含めて、けれど何処までも人を従わせるような、力を持つそれで。

「もう一度躾け直してやるよ。俺好みのスーツに、かおり。―――どうせ、お前も最初からそのつもりだったんだろう?」

そう言って薄く開いた唇に噛みつくように口付けると、万里もまた、アルコールで潤んだ瞳をゆっくりと閉じ、身を任せるのだった。

※ ※

「あ、はは。いい恰好」
「……はっ、ほんと…悪趣味、だな」

その他だけではなく、枕を幾度となく行っている万里だったが、流石に今、その他により行われているプレイの経験はない。

万里がさせられていること、それは――竿酒。いわゆる、わかめ酒だ。

隙間から酒が零れないよう、太腿に力を込める。そんな万里の身体には、所謂大人のオモチャというものが幾重も取り付けられていた。

「…ふは、こんなことされておっ立ててる万里に言われたら世話ないなあ」

既に性感帯となっている二つの突起に装着されたオモチャが、堪えず万里にもどかしい刺激を送り続けていて。更には後ろに埋め込まれた、遠隔操作が可能なそれ。すべて、普段自分が執事に取り付けているものと、同じようなそれ。

その他の会社では、こうした大人のオモチャといったものも開発しており、こうして新作を開発しては万里の身体を実験台にすることも多い。
今回取り付けられたのは、既に万里の屋敷へも送られているオーソドックスなものだった、が。

「…ン、ぁ…あっ」

どうせ組み敷かれるのだからと処理を済ましておいた万里の中は既に柔らかく解れており、使い込んでいる後ろへの刺激を、慣れた身体は素直に受け入れる。

「ほら、動くなよ。酒が零れる」

ただでさえ勃起したそれは、体積を取り酒を飲むのを阻んでいる。
その他は、わざと酒を口に含みながら、震えるそこに舌を這わせ、もどかしい刺激を断続的に与え続けているものだから、三点から与えられる刺激に、万里は悶え、その他に全てを明け渡したくなる衝動を覚えた。けれど、それをその他が許す筈もなく。

「この程度もふんばれねえんだ?」

つま先を丸め、だらしなく涎を垂らした万里の蕩けきった顔を見つめ、意地悪く笑う。

「…っ、く…ぅ…」

手で押さえ、喘ぎ声を押し殺しているのは万里の唯一の抵抗だ。
けれど、そんな抵抗すらもその他は簡単に壊していく。

「ぁアァ――…っ!?」

万里の後ろに埋め込まれていたそれが、万里の弱い箇所を的確に攻め立てたのだ。そしてそこばかりを、何度も何度も執拗に抉っていく。

「あ、あぁ…ああああ、あ…ッ、そ、…れ、やめ…っ!」
「やめろ?――いいの間違いでしょ?」

強過ぎる快楽は、苦痛すら覚える。
気が狂いそうなほどのそれに、何度もイヤイヤと首を振って懇願するけれど、その他がそれに応える事は、もちろんない。

「狂っちゃえば?」

無責任に、わらって。

「どうせ、お前はどうしようもない淫乱なんだからさあ、今更かわんねーって」
「……ち、が…」
「認めて楽になっちゃえば?」

その他の瞳に、唾液でぐちゃぐちゃになった自分の顔がうつる。そのあられもないその姿に、認めたくない想いと同時に、なにもかも投げ捨てて楽になりたい衝動に駆られた。
その瞳に見つめられる度に、身を委ねたくなるような、強烈な感情が引き起こされるのだ。

「ぁ、あ……っ」

明確に亀頭を抉られ、思わず足の力を緩めてしまう。と。
隙間からどんどんと零れ堕ちた酒が、万里の尻を伝い、思わずその冷たさに力が籠り、また後ろに埋め込まれたオモチャは奥へと飲み込まれていく。
それらがすべて、万里の身体を強い刺激となって襲いかかる。

「……もったいねえなあ。零れた分は、責任持って下の口で飲み込んでよ」

言いながら万里の酒で濡れた太腿に指を這わせ、微かに濡れた指を後ろへと塗りたくっていく。
たった少しの量だというのに、体中が熱くなり、アルコールと強い快楽により、頭がぼんやりとし、意識が遠くなっていく感覚を覚えた。

「…おいしいでしょ」
「……ん、ぁあ…―も、っ」

狂おしい程の、快楽。
解放を求め、震える自身を舌で弄んでいたその他は、フっと口許に笑みを浮かばせると、上体を起こし万里の唇に噛みつくように口付けた。

「ふ…ン、ぅ…」

すべてを持っていかれるような、暴力的な口づけ。
だというのに、どうしてだか万里はその熱に安心感を覚え、蕩けきった瞳を閉じ、身を委ねて。

「おかわりしたい?」

――それは、キスか、それとも酒のことなのか。
解りかねた万里だが、もっと欲しい、と催促するように舌を差し入れて応えてみせる。

「……相変わらずすきだね、僕のキス」
「…嫌いじゃねえ、だけだ…」

くすり、と笑みを零して、それからやがて口内を蹂躙するような口づけを落とされた。
後ろも前も、身体中が性感帯になったとでもいうくらい、敏感に万里の身体はその他からの刺激を素直に受け入れて。

「相変わらず、素直じゃない子だ」

乱暴的なまでの快楽の中、その他の熱が加わっただけでパブロフの犬のように、ますますと昂っていく万里の身体。…限界は、既に超えていた。

「は、こっちも真っ赤に腫れてる」
「……っ、い…アアアッ……!」

たったひとつ、決定打を与えられるだけで欲望を吐き出してしまうほどに。

「―――ははは!オモチャの上から乳首引っ張られてイっちゃうなんて、随分な身体になったもんだ」

その他の言葉通り、万里は。

「………っ、…!」

ずっと胸をいたぶっていたそれを引っ張られただけで、ついに欲望を吐き出してしまった。昂った中心を弄らずに、胸と後ろに埋め込まれた玩具と、キスだけで。

「誰に仕込まれたの?」
「……誰でも、…いいだろ…」
「んー、普段なら興味湧かないんだけど、面白そうだからねえ…気になるなあ」
「………はっ、」

達したばかりの敏感な身体は、振動を続けるオモチャに苛まれ、苦しげに息を吐く。

「そんなもの、もう忘れた」

だから――そんなことより。

「今度はちゃんと、あんたを味わせてくれよ」

遊女のように艶やかに、万里はその他の首へと腕を回し、片足を上げ、未だ玩具が埋め込まれているそこを見せつけるようにして拡げてみせた。

「相変わらず、お強請りばっかり上手になって」

ぺろり、と舌舐めずりをしてみせる万里に、その他もクツクツと喉を鳴らして、興味の矛先を、万里の身体を貪ることにすり替えられた事に気付かないふりをしてあげて、その他は万里の求めるままに、既にとろとろに蕩けきったそこに、屹立したそれを、突き立てたのだった――。

(モブ×ご主人様)

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紺さんへ捧げます。

発表お疲れさまでした!労りの気持ちを込めて書いたんだけども、余計に疲れさせるだけの結果に終わったような気がします!色々おかしい!にゃんこシナリオが一番好きと聞いたからそっち方面目指したのに欠片もない!