主鈴

ベッドを軋ませてベッドサイドに腰掛け、体温計に書かれた数字を読み上げ、ため息。

「39度……完全に風邪ですねえ」

――アンタでも風邪なんて引くんだ、なんて笑いながら言った俺の言葉が気に食わなかったのだろう。ご主人サマはどういう意味だ、とでも言いたげに睨みつけて来る。

でも。
眸に生理的な涙を浮かばせながら、ゴホゴホと咳き込んで。
剰え熱に浮かされ苦しげに眉を顰めながらこちらを睨んでいても、正直それは違う意味にしか見えない。

「あいにく、ぜんっぜん怖くないですヨ」
「……チッ」

にやり、と馬鹿にするような笑みを口許に浮かべながら、俺を見上げて来るご主人様。尤も、本人からしたら睨んでいるのだろうけれど、潤んだ眸のせいか、いつもの高圧的な気迫はからっきしだ。

「……ゴホっ、…鈴木」
「なんですか」
「お前の今日の仕事は別のやつに回せ。お前は一日中、俺を看病しろ」
「ハッ、冗談でしょ」

俺に、看病をしろ、と。
今、確かにこの男は言った。言った、と思う。聞き間違えでなければ。

「そんなつまらん冗談は言わん」
「冗談じゃなかったら、尚更キツいですよ、ソレ」

――知ってる、でしょう。

「俺は看病の仕方なんて、知らないデス」

誰も、俺にそんなことは教えてくれなかった。父さんだって――。

「お前なりのやり方で構わん」
「……、…わ、かり…ました」

看病する手が優しかったこと。温かくて、幸せだったこと。けれど、いつだってその優しい時間は続かない。俺の弱っている姿を見て、父さんは、俺を……。

その時のことを思い出してぶるり、と身体を震わせながら出来ない、と首を振るけれど、ご主人サマは許してはくれない。

本当に、酷いひとだ。けれど。

その眸に浮かんだ光が思いのほか柔らかいものだったから、優しい声だったから。
気がつけば自分でも知らないうちに、頷いてしまっていた。

※ ※

「…冷たく、ないですか…?」
「ふ、なんだ…今日は随分と殊勝だな…?」

汗で湿った部屋着を脱がせ、濡らしたタオルで身体を拭いていく。
いつも自分を組み敷き、好きなようにする、万里の引き締まった身体。それが、自分のすぐ目の前にある。無防備に、自分に全てを預けてくれている。――そう思うと、どうしてか胸がきゅっと痛んだ。

「アンタが、いつもと違うから調子狂うだけデス」

口ではそんな憎まれ口を叩きつつ、スマートフォンで画面をタップしながら看病の仕方がうつされた画面をしっかりと頭に叩き込んで。

「さ、こんなモンですかね。新しい部屋着着てクダサイ」
「…着せてくれるんじゃないのか?」
「ハ?そんくらい自分で出来るデショ」
「ふ、仕方ない…」

苦しそうにしながらも冗談を言うくらいの元気はあるらしい。
俺の反応を見たかったのだろう。そんなツマラナイ冗談を言うと、ご主人サマは緩慢な動きながらも上半身を起こし、俺が適当に引っ張りだして来た部屋着へと袖を通した。

「……次は……氷枕、ですか」
「…いい」
「へ?」

ネットで得た知識を呼び起こし、氷枕とやらを作りにいこうとベッドから腰を起こす。けれど、それはご主人サマ本人により止められてしまう。

「でも、冷やさないとダメですから」
「……冷えピタで充分だ。橘に持って来させろ、だからお前は――」

ここにいろ、と。
潤んだ眼差しで乞うように言われて、裾を掴まれて、断れる者がいるだろうか。
自分の容姿という名の武器をわかってこそ言ったのだったらいい。まだ、良かった。…けれど熱に浮かされ苦しむご主人サマには、そういう考えが出来る余裕すらなくて。要するに、それは無意識からの行動。

――だからこそ、たまらなかった。

「……ッ、」
「鈴木………手、を」

握れ。命令口調だというのに、それは何処か甘く縋るような声色で。

「早く、いつものアンタに戻ってください。…じゃないと、こっちまで」

――変な気分に、なりそうで。

俺の手を握って、安心しきったようにふにゃりと笑うご主人サマを見下ろし、自分も同じようにふにゃり、と情けなく頬を緩ませた。
やがてそれは穏やかな寝息に変わっていき、思わず覗き込むようにしてジッと眺めていると、閉じられた眸がふるり、と震えて、その度に起きてしまうのではないかという不安から、びくりと身体を震わせる。

いつもは見下ろされてばかりの、ご主人サマを見下ろしているなんて、こんなに弱いご主人サマを傍で眺めているなんて。…まるで夢を見ているんじゃないかという錯覚すら覚えるほどに、物珍しい現状。

だから、だろうか。気がつけば俺は、ご主人サマの上にそうっと覆い被さるようにして、その顔を覗き込んでいた。
汗で乱れた前髪、規則正しい寝息。熱い、吐息。そして、熱があるからだろうか、少しだけかさついた唇が薄く開いていて、それに誘われるように、俺は自らの唇を重ね合わせていた。

「……は、なにしてンだろ…俺」

小さく呟いた言葉は、ご主人サマの耳に届く事なく、空気と共に消えて。

「………寝込みを襲うなんて…お前らしくないじゃないか」
「!?な、なんで…起きて…」
「ふ、病人に欲情するなんて…お前も大概変態だな――」

言いながら、俺の少しだけ昂ったそれを押され、思わず腰を震わせた。
思わず飛び起きようとした俺を、思いのほか強い力に制されてしまい、それもかなわない。

「あ、んた…なにす…っ」
「は、病人相手に盛ってるお前が悪い」

生理的に潤んでいる勝ち気な眼差し。意地悪く弧を描いた口許。

「だから。なァ、相手しろよ。」
「アンタっ、…病人だろ」
「知らねえの?熱がある時は汗を掻いた方が良いんだぜ」

其処まで言うと、ご主人サマは厭らしく笑って。突拍子もない命令に慣れた俺には、それだけでナニを求められているのか理解してしまったわけで。

――ああ、もう、本当に。どうしようもないご主人サマだ。だけど、嫌いになれない。そんな自分が、どうしようもないと思うのに、どうしてか嫌な気分にならないのは、きっと……。

「なあ、鈴木。看病、してくれんだろ?」
「ほんっと悪趣味デスね」

呆れとも苦笑いともつかない笑みを零して、覆い被さっていた上体を起こす。
そうしてシャツ以外の衣服をシワにならないように畳もうとすると…

「そんなもの気にしなくていい」

いくらでも新しいものを支給してやる、と笑う。それが嫌味に聞こえないのはこの男がそんな些細なものに頓着しないだけの財力を手にしているのを知っているからか、それともこの男の持つ雰囲気がそうさせるのか。

だなんてどうでもいい事を考えながら、頷きぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てたそれらを床に落とすと、苦しくない程度に掛ける体重を調整して、ご主人サマの上に股がる。
そうして自分でシャツのボタンを開けていくと、ご主人サマを見下ろす。

熱に浮かされた瞳、少し荒い息。だというのに、その表情は余裕めいたもので。ああ、苦しくて仕方ないだろうに、そんな事はおくびにも出さない。それが少しだけ、じれったい。

「…は、お前あいっからわず白いな」
「……焼けないんですよ」

――どっちが病人なんだか、解りやしない。と冗談めいた言葉を口にして、笑うご主人サマ。

何度肌を晒したとしても、この瞬間だけはどうしてか慣れない。その目を前にすると、カラダだけでなく見えない部分まで、それこそ自分のすべてが暴かれてしまうんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
緊張、してしまうのだ。柄にもなく。この自分でも消化出来ないほどぐちゃぐちゃの心をも、すべて暴かれて、クダラナイと一蹴されてしまいそうで、怖かった。

「…それじゃ、シツレイしますよっと」

ズボンの前を寛がせて、露になったそれにそっと唇を寄せる。あつい。ほのかに昂った、熱量。汗の味と、慣れたご主人サマ自身のにおいと味が混ざり合って、触れてもない自分のものに熱がこもるのがわかった。

「まるでパブロフの犬だな」

知っている。自分のカラダは、これをすればキモチイイことをして貰えることも、自分と同じこれが、愛おしいということも。

「……ン…っ、ちゅ…」

嗅ぎ慣れたにおい。慣れた味。けれど熱のせいだろう、いつもよりも熱いソレに、カラダが昂る。ああ、困った。適当に処理して、寝かせるつもりだったのに。

「………く、…ン…っ」
「腰が揺れてるぞ」

――淫乱な奴。嘲笑うような声に、またカラダが震える。そんな自分の浅ましさに少しの嫌気と、それ以上の興奮を覚えて、また諦めに似た笑みを零した。

――キモチイイことが嫌いな人間なんていない。自分は人より少し、それに対して敏感なだけで。だから、仕方ないのだ。心とは裏腹に、そういうカラダになってしまったのだから。
そんな言い訳じみたことを考えていると、上の空な自分に気付いたのだろう。今までジッと見ているだけでなにもしなかった(口は出していたが)ご主人サマが、俺の昂ったそれを膝でぐりぐりと押しつけて来て。

「……ッ、ちょ、ぁ…」

不意打ちの刺激に、思わず口を離してご主人サマを睨みつけるようにして抗議すれば、ご主人サマは片手で自分の昂ったものを俺の鼻先に突き出して来て。

「なに休んでる?続きをしろ」
「……ッ、邪魔をしたのは、アンタだろ…っ」
「ふん。なんのことだ。それより、きちんと濡らしておかないと辛いのはお前自身だぞ」
「!……い、いです…」
「は?」
「……もう、大丈夫デス、から…」

なんとなくそれから先は自分からは言いにくくて、俯いてしまう。

「…言った筈だ」
「……え?」
「今日は全部、お前がやってくれるんだろう?」

そう、だ。こんなに元気に見えても、熱があって動けないんだった。
つい、いつもと同じ調子で自然とオネダリをしてしまった自分に、羞恥を覚えた。

「ッ…そう、でした、ね」

両膝を付くと、少し腰を浮かせて自分の指を口に含ませる。そうして充分に濡れたと判断すると、その指を後ろへと突っ込み、解していく。

「ん、ん……」

自分を見上げるご主人サマの欲望に染まった視線を、オカズにしながら自分のカラダを高めていく。そうして、性急にご主人サマへと腰を下ろして。

「あぁ、アッ!!」
「…っ」

あつい。普段以上に熱を持ったそれに腸内を満たされていく感覚。火傷してしまうんじゃないか、とそんな錯覚すら覚えるほどの、熱。
懸命に腰を揺らしながらも、いつものすべてを持って行かれるような、暴力的なまでの快楽は到底得られない。もどかしい刺激。もの足りない。――だけど。

「……く、…は…ぁ…ッ」

熱に浮かされ、蕩けた表情。自分のカラダで、気持ちよくなってくれている、それだけで不思議と心が満たされていくから。

「……は、ぁ…ン…っ、ご、しゅじ…サマっ!」
「……、」

腰を動かしながら、上体を倒すようにして、ご主人サマへとしなだれかかると、汗を舐め取るようにしてねっとりと舌を這わせた。そうして何度も何度もご主人サマに口付けて。
そうすれば、鼻腔から、カラダの中から、肌から。すべてからご主人サマを感じて、それだけで強い快楽を覚えるのだ。

「…も、…っク…」
「……は、…チッ、俺も…そろそろ…ッ」
「い、しょ…に」
「……ああ」

互いに限界を告げると、ラストスパートと言わんばかりに動きを激しくさせて。
狂いそうな快楽と、交わされる口付けの熱に、このままふたり蕩け合ってしまうんじゃないか、と馬鹿みたいな錯覚さえ覚えた。

「……っ、ぁあッ」
「…く…っ」

終わりは、唐突に訪れた。
どちらともなく、或いは同時に声を漏らし、俺の腸内は熱いもので満たされていって。少しして、ずるり、と埋まっていたそれが、なくなる。覚えたのは、さみしい、という感覚。
そのまましなだれかかって余韻に浸っていたい欲求を抑え、緩慢な動きで上体を起こす。

「……!?」

と、ご主人サマが、気絶をしていた。
ただでさえ体力が削られていた上に、性交で体力の限界を迎えたのだろう。
どこかあどけない寝顔に、フッと笑みがこぼれた。いつもの意地悪めいた笑みが、嘘のように、邪のない寝顔。
いつもこうならかわいいのに、と其処まで考えて自分の考えの馬鹿らしさに頭を振る。どうやら、すっかりと、この屋敷に毒されているらしい。

「……ほんと、仕方ない人デスねぇ…」

笑みを零して、ご主人サマを着替えさせる為に、ベッドから起き上がる。
起き上がる瞬間に、こぽりと溢れ出て来る熱に、愛しさを覚えながら、たまにはこんな日もいいかもしれない、と考えてしまった自分はやはり、だいぶこの屋敷に毒されているのだろう。


(ん、熱もないし…もう大丈夫そうですね)(…ふ。あぁ、どうやら昨日のお前の手厚い看病が効いたようだな)(………、そ、れは…良かったデス)(ああ、でも油断はならないからな。今日も一日俺の傍にいろ)(………、ハイ…)

– – – – – – – –
上総さんに捧げます(。-∀-。)
こちらの事情で少しお届けまでに時間が掛かってしまいすみませんでした(・ω・`)久しぶりに書いたからかキャラが行方不明ェ…

気に入らない!書き直して!等ありましたら気軽に言ってくださいね(;´・3・`)

これからも宜しくお願いしますー(*・∀-*)ノ