主+鈴

※学パロ。内容が青春くさくて偽善的
教師役:我らが万里様
生徒役:鈴木たん
設定が設定だから鈴木の過去に関しては設定が本編と少し矛盾があるかもしれません
この時点で地雷な人はバックスペース

世界でも屈指の執事養成学校―三宮学園執事科。

執事というものは主に付き従い、主が欲しているものは主に言われるより先に察しなくてはならない。
故に、執事にはありとあらゆる能力が求められるのである。
そんな執事科に入れるということはそれだけで、ほぼ将来が約束されていると言っても過言ではなかった。三宮学園執事科の生徒は、即ち優秀な人材である、と――。

そんな学園の中でも、将来のことを考える時期―所謂進路調査書というものを提出する時期があるわけで。

「はぁ…」

――鈴木世界は、悩んでいた。
同級生たちがさっさと調査書を提出して、各自学園内で一時的に決めた主のもとへと向かう中、鈴木だけがいつまでも調査書を出せずに机とのにらめっこを続けている。かれこれもう、1、2時間は経っているはずだ。
鈴木はポケットから携帯を取り出し、主からのメールを読み返し、もう一度溜息を吐いた。

『もともと、執事なんか向いていなかったんでしょ。私は勝手に帰るから気にしないでいいよ。』
冷たく言い捨てるような言い方だが、鈴木にはパートナーにするには、そのくらいドライな方がありがたかった。

三宮学園には、二つの科がある。普通科と執事科だ。
執事科の者は実習の相手として普通科の生徒からパートナーを定めるという決まりがあった。
本当に生涯仕えたいと思った者をパートナーとする生徒もいれば、互いに利害関係が一致したからという理由でパートナーを組む生徒もいる。鈴木はもちろん、後者だった。

「そんなの自分が一番わかってる…」

執事になど、なる気もなかった。ただ早く自立して、義父から離れたかっただけ。
その為には寮生活であり、その先も保証されていた三宮学園が一番適していた、ただそれだけのこと。

「……別に、執事にならなくたってハクはつきますからねー」

真っ白だった進路調査書は、窓から射す夕日に照らされオレンジ色に染まっていく。鈴木はなんの感慨もなくその紙をじっと見つめていた。

「…なんだ鈴木、まだ残ってるのか」

聞きなれた声に顔を上げると、其処には相変わらず悩みなどないんだろうと思うくらいに自信に満ちた表情を浮かべた三宮の姿があった。
いつの間に教室に入って来たのだろう。扉が開く音すら気づかない程、自分の意識は遠いところにまで飛んでいっていたらしい。

少しでも気を抜いたら飲まれてしまうほどの存在感、この若さにして学園の創立者兼理事長であるこの男―三宮万里。
決してスーツを崩してはいないというのに、堅すぎる雰囲気は与えない。美しい男だと、同性ながらに鈴木は思う。

鈴木の座る机に腰掛けながら気だるげにネクタイを緩める万里の姿をぼんやり見つめていると、視線に気づいた万里がふっと口元を緩め鈴木の手元を覗き込んで来る。

「なにしてる?」
「……進路調査書が書けなくてですねー」
「ふん。ならば三宮先生のお嫁さんとでも書いておけ」
「な…ッ」

努めて軽い雰囲気でいう鈴木に、万里も意地悪く口元を釣り上げながら、そんな冗談を飛ばす。
鈴木は万里の軽口を冗談だとわかっていながらもつい顔を赤らめてしまう自分に恥じると、小さくうつむいてしまった。

「フザケないでくださいよ」
「その割に顔が赤いぞ」

万里は俯いた鈴木の顎を掴むと、無理やり顔を持ち上げた。
机に手を付け、顔を覗き込むように近づけて来る万里。その鋭い目に、鈴木は自分の奥底すべてが暴かれてしまいそうだと錯覚し、赤くなった顔を隠そうと抵抗するが、非力な鈴木では万里の力にはかなわずになすがままになってしまう。

「ッ、三宮センセー…」

唇がくっつきそうなほどの近い距離に、万里と鈴木はいた。
時折頬にかかる吐息がくすぐったくて、恥ずかしくていたたまれなくて、鈴木は目を伏せて万里の名前を呼ぶしかできなくて。

「バカだな、お前は」
「……突然、なに失礼な…そりゃ三宮センセーに比べたら俺はバカですケド…」
「そうじゃない」

ふ、と小さな溜息ひとつ漏らして、万里は鈴木の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
その暖かな手のひらが、先程までのピンと張り詰めた空気を緩ませて、鈴木は少し表情を緩め、そんな切り返しをする、が。次の瞬間、ジッと、濁りひとつない鋭い眼光が、鈴木を突き刺した。
――まるで、逃げることは許さないとでもいうかのように。

「どうして自分に嘘をつく」
「……ッ」
「それとも気づいていないのか?」
「…なに、をです、か」
「お前はとっくに気づいてるはずだ。自分に正直に書けばいいだろ」

万里の言うことが、鈴木の胸の奥深くにダイレクトに突き刺さる。
いつものようにへらりと笑ってかわすことができないのは、それがすべて正論だからだ。鈴木の直面する悩みそのものだったから。

ずるい、と鈴木は思った。いつもは人のことを馬鹿にして、軽くあしらって、弄んで振り回して、そんなどうしようもない男だというのに。
こうしていざという時には手をさし伸ばしてくれるから、真剣になってくれるから、抗えない。
惹かれていく心を、止めることすらできないのだ。

万里の言葉はいつだって、真摯であり正論であった。
だからこそ、痛いのだ。いつも曖昧に適当にまわりに流されて来た鈴木にとって、万里は光だった。眩しい、存在だった。

「なにを気にしているんだ。体裁か?将来か?周りのことか?――それとも、親のことか?そんなことはクソくらえだろ。いいか、鈴木。お前は誰だ?お前は誰のものだ?これはお前の人生なんだ。親の人生じゃねえぞ。お前は操り人形なんかじゃないだろうが。――もう、いい加減自分の足で立て」

鈴木の幼少期は、母親がすべてだった。否、今だって鈴木の根本に巣食うのは母親の存在だろう。
そんな自分に嫌気をさしながらも、母親に依存する生活から抜け出せなかった。不安だった。

――けれど今、そんな鈴木に対して、万里はいう。

「それで誰かが言うようなら俺に言え。抹消してやろう」
「…ッ、ぐす…、ぅ…っ」

自分本位に生きて良いのだと。生きなくてはならないのだと。

けれど、それは鈴木にとって救いであり、試練でもあった。
今まで依存し、成長しきっていない精神では、寄りかからないと不安なことも多い。自分の足で立つには、鈴木はあまりに幼すぎた。

「……でも」
「でも、じゃない。この学校も別に好きで入ったわけじゃないんだろ。ああ、別にそれはいい。お前だけじゃなく、教養を磨くという意味で入学するヤツも多いしな」
「ちが、くて」

そうじゃない。そうじゃないのだ、と鈴木は首を振る。
自分はあまり口が上手い方ではない。世渡りする言葉は使えても、自分の心をさらけ出すような言葉を口にするのは苦手だった。
けれど今だけは、伝えたかった。自分の言葉で、自分の言葉を。
万里がぶつけてくれた優しさを、想いを、喜びを返したかったのだ。

「今は、嫌じゃない。三宮センセーの…あんたの執事になれたらって、思って…マス」

三宮グループの現当主。三宮万里。たくさんの人間の上に立つ孤高の主を、その強い心を、少しでも支えられる存在でありたい、と。そんな存在になりたいと、鈴木は心から願った。流されてばかりだった自分が、はじめて強く確かに思ったこと。
あんなにもぼやけていたこれからのことが、今はくっきりと見える。万里の傍で、文句を言いながらも毎日を楽しげに過ごす自分自身の姿が、ハッキリと想像できた。

「ふ、ならばせいぜい足掻くことだ。自分が満足出来るまで突き進むがいい。」
「……精々がんばりマスよ」

少しでも認めてもらえるように。この日もらった暖かな気持ちを、少しでも返せるように。――その孤高の心を、支えることができるように。

「さ。ならとっとと調査書を書け。締切は今日までだからな。出来上がったらその鍵使って俺の机の引き出しに勝手に入れてさっさと帰れ」
「ちょ、」

万里はそれだけいうと、鈴木の返事も聞かずにポケットから鍵を取り出し机に置くと、乗っていた机から腰を上げ、踵を返す。
鈴木が文句を言おうと椅子を引いて立ち上がるが、万里は後ろを向いたままの体制で手をひらひらとひと振りするだけで、そのまま教室を出て行ってしまう。

「なんだよ…」

万里の髪の毛ひとつ見えなくなったところで、鈴木は溜息を吐いて再び椅子へ座りなおす。
なんだかアイツの良いように踊らされている気がしてならないが、仕方なしにシャーペンを握り直して、いざ調査書に書き込もうとした瞬間。

「ああ、そうそう」
「――ッ!?」

なにやら思い出したような声を上げながら再び教室に、ひょこりと顔だけ覗かせる万里。
鈴木は驚いて思わずシャーペンを強く紙に押し付けてしまった。
ボキッと芯が折れる軽快な音が教室中に響き渡り、鈴木は心臓に悪い、と胸を掴みながら万里を見つめている。

「――俺も、鈴木を扱き扱える日を楽しみにしている」
「…!」

万里はいうだけ言ってさっさと顔を引っ込めてしまう。鈴木は今度こそ立ち上がり、万里の姿を追うように廊下へと向かう。

万里の後ろ姿は、走れば追いつけるくらいのところにあった。けれど鈴木は、その背中を追わなかった。

「………。…ッわかりにくいんだよ、バカ…」

――それは、鈴木の顔が自分でもわかるくらいに、真っ赤に染まっていたから。

自分と同じ、上に立ち繕うことに慣れた万里は、自分の心を伝えることがきっと苦手なのだろう。
そんな万里の、精一杯のエール。

鈴木は廊下の先に消えてゆく万里の後ろ姿をじっと見つめながら、そんな悪態を吐いた。
けれどそんな鈴木の表情は、今までのどんな表情よりも、喜びに満ちていたのである。

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とある方に勝手に捧げます。
当人にだけわかったらいいな的な意味で「私があなたの夢に対してミニメしました」
それに対するちょっとしたエール。
それから私と関わりがなくても、今頑張っているすべての人への小さなエール。