主楓

ご主人様に頼まれた屋敷の掃除をしていると、少し離れたところで窓ふきをしていた龍にぃに話しかけられた。

「……最近、大丈夫なのか?」
「なにが?」
「……その、三宮のことだ」
「ああ…全然平気っ」

言いにくそうに、けれど心配の色を含んだ瞳。
相変わらず俺の心配ばかりな龍にぃに笑いながら頷くと、龍にぃ納得していないような表情を浮かべたが、俺が折れないとわかったのだろう。やがて静かにため息を漏らすと、俺の頭をぽんぽんと撫で、それ以上はなにも言わないでいてくれた。

「……ごめんね、龍にぃ」

巻き込んでしまったことも、心配をかけていることも何もかも。
それでも俺は、この屋敷から出ることはできない。
弟のことももちろんあるけれど、それ以上に今は――。

龍にぃと話していると、少し離れたところから聞き覚えのある足音が聞こえた。
あの足音は…きっと、ご主人様のもの。
その足音が近づいて来る度に、胸が高鳴る。心が浮つく。
あんなにイヤだと思っていたのに、今はこうして心待ちにしているだなんて。

――きっと、俺はどうにかしてしまったに違いない。

「……っ!」

ご主人様の姿を認めると、龍にぃはキッと目を吊り上げ、俺を背中に隠した。
俺を守る龍にぃはあの頃から変わらないのに、その背中に、あの頃はあんなにざわめいて騒がしかった胸はときめかない。

――それはつまり、俺の心を占めるものが、変わってしまった、ということ。

いつからか、そう。
きっと、それはゆっくりと俺の中に浸食していき、俺の心に巣食っていったのだ。

「日ノ原、新しい仕事をやる――来い。」

龍にぃの背中越しにその姿を眺めていると、ご主人様は俺の名前を呼んだ。
自分を睨みつける龍にぃの存在など、まるでないもののように。

「…三宮てめぇ…!楓、行く事はない。俺が行「良いんだ、龍にぃ」…楓?」
「いいんだ、龍にぃ」

連れて行かせまいと更に俺を背中に隠す龍にぃの背中に手を置いて、自分から一歩前へと足を踏み出す。
怪訝な顔をして俺の顔をジッと見遣る龍にぃに、もう一度はっきりと同じ言葉を繰り返して、俺は、龍にぃの後ろからご主人様の隣へと、自分の足で歩いていったのだった。

「良い子だ、楓」
「……ありがとう、ございます」

愕然としながら俺を見遣る龍にぃの顔を見ていられずに俯いたまま、気分良さげに俺の頭を撫でるご主人様の手のひらの熱を受ける。
龍にぃを裏切ることに心が痛むというのに、それ以上にご主人様に褒められて、触れられて、名前を呼ばれることに歓喜に心が震える俺は、酷いやつなんだろうか。

「…楓、まさか…」
「……ごめんね、龍にぃ…俺ご主人様が――」

――こんなにも大切な人を傷つけて、悲しい顔をさせて、ご主人様を好きになるのは、いけないことなんだろうか。
それでも好きになる気持ちをとめられないから、きっと、もう手遅れなんだろう。

「……日ノ原、おいで」

背中に感じる強い視線。それでも俺はもう、振り返らなかった。

「ふ、ぁ…っ」

ふわふわのソファーに身を投げ出され、髪をぐしゃぐしゃと掻き回された。
批難をしようと顔を上げれば、ちょうどご主人様が俺の顔を覗き込もうとしゃがみ込んでいるところで、触れてしまいそうなくらいの近い距離に思わず身を固くした。

「…後悔しているのか?」
「え……?」
「小野寺のことだ」

そう言ったご主人様の表情は、いつもの意地悪なものではなくて、むしろいつも龍にぃが俺を見る時ような、子供を見るような愛情に満ちたもので。

「………後悔は、してない」
「ふぅん?」
「けど、…裏切っちゃったから。龍にぃは俺に、あんなに優しくしてくれたのに」

嗚咽混じりの俺の言葉を茶化すことなく、ご主人様は相づちを打つ。

「お前が小野寺を好きだったのは、本当に恋愛感情だったか?」
「……え?」
「例えば俺としているような事を、小野寺ともしたいか?」

俺としているような事、と言われ、いつもされていることを思い出して顔を赤らめてしまう。
そんな俺にご主人様はフッと笑いまた頭をぐしゃぐしゃと(けれどさっきよりも大分優しく)撫でると、返事を促した。

「で、どうなんだ」
「……わ、からない…でも、ご主人様のとは少し…違ってたような気がする」

もっと、暖かいものだった気がする。
そう、それはまるで…俺が弟に対して抱いているような暖かい感情。

そう自分の口から答えを出した途端、倒錯的な状態下に置かれ、龍にぃとの関係が歪になってしまってからごちゃごちゃになっていた心が少し、すっと晴れていくのがわかった。

「そうか」

俺の表情を見て、ご主人様はまた柔らかく笑うと、もうそれ以上は追求しては来なかった。後は、俺が決めろと、そういうことらしい。

「……ご主人様」
「…なんだ」

涼しげな横顔。冷たい事を言いながらも、酷いことをしておきながらも、本当に辛い時や苦しい時は手を差し伸べてくれる人。

「好き、です」
「……そうか」

ある日、触れられる度に、どうしてか泣きたくなるくらいに幸せな気持ちになると気付いた日。俺はご主人様への気持ちを実感した。――それは欲望を孕んだ、恋情。

「…迷惑、か?」
「………さあな」

ご主人様に抱かれる度に、でろでろになった頭で思うのはいつだって、嬉しいという感情。俺の身体に吐き出された欲望は、ご主人様が俺で気持ち良くなってくれた証でしょう?
結ばれると、思っている訳じゃない。ただ好きでいることを許してほしいだけ。

「……ご主人様、だいすき」

こうして口づけをする事を許してくれるだけで、今の俺には幸せなんだから。

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イベでお世話になって以来相手をして貰っているフヅキさんに捧げます。
無理矢理リクエスト奪って済みません←

ちくびんダッシュとか意味不なことばかりなヤツですが、これからもお世話宜しくお願いします←

楓くん龍にぃ…ごべんなざい:(;゙゚’ω゚’):
甘いのの後はしょっぱいのがほしくなっちゃったんだ…つい…

リクエストって…もはやソレなんでしょう/(^o^)\