大好きなかおりに包まれた甘いまどろみのなか、自分を撫でる温かな手。
熱源がどうしてかたまらなく愛おしくて、身じろぐそれを追いかけるように身を擦り寄せる。
――ああ、それはまるで夢の中であいつに、三宮に抱きしめられているかのような感触で。
その幸せを逃したくなくて、甘えるように熱源に鼻を擦り付けると、それがくすぐったかったのか熱源は微かに吐息を漏らした。
そうしてクツクツと愉快げに喉を鳴らすと、俺の体をぐいっと引き寄せて―
「朝から大胆だな、…朝比奈さん」
「…ぁ、…ん…?………っ!!!!」
耳にぬちゅりと感じたのは生暖かさと、くすぐったさを含んだ快楽。
まどろみに身を委ねていた俺はその刺激に勢いよく引き上げられ、まだぼんやりと靄のかかった頭のまま、それを見遣る。
と、そこには意地悪めいた笑みを浮かべながら俺の髪を指で掬い弄んでいる三宮の姿が。
思わず勢いよく上体を起こすと、なんとなく気怠さを覚えた身体に思わず顔が赤くなる。
「…ふ。なんだ、物足りないのか」
俺の動揺が面白いのだろう。三宮はにたりと厭らしい笑みを零す。
そうして自らも上体を起こすと、俺の後ろから包み込むように腕を回し、耳元でそんなことを囁いてくる。
「バカなことをいうな、」
「ふん?でも朝比奈さん、まだ物足りないみたいだけどな」
厭らしい手つきで背中を撫でる三宮の腕を払いそうあしらうが、三宮は気にもとめていない様子で指差す。所謂朝勃ちというものをしている、俺のものを。
「これは…っ、違う…」
「ふーん?」
タイミングの悪いその生理現象が何故だか妙に気まずくて、背中を丸めて隠す俺に三宮は相変わらず意地の悪い笑みを浮かべただけで、珍しくそれ以上の追求はして来なかった。
「なあ、朝比奈さん」
「…なん、だ……ん…っ?!」
三宮の呼びかけに顔を向けると、突然顎を掴まれ唇に噛み付くように口付けられる。
少しかさついた唇。口内へ侵入して来る舌の感触も、その熱も、すべてが慣れ親しんだもので。そのまま目を細めそれを受け入れていると、三宮が微かに目を細めた、気がした。
「昨日の朝比奈さん、最高にかわいかったぜ」
キスの合間にそんなことを囁かれて、気恥ずかしさに目を伏せると、三宮はなにが楽しいんだか、また笑う。
「…………そんなわけ、」
「…あるよ。俺にとっては、あんたが世界一だ、朝比奈さん」
恥ずかしげもなくそんな事を囁いた三宮に呆れと、それ以上に喜びの感情が沸く。けれどそれと同時に生まれた三宮の妹に対する醜い嫉妬心は死んでも口には出来ない。
世界一、だなんてそんなの嘘だ。お前にとって妹は目に入れても痛くないくらいに、可愛いくせに。所詮俺は、お前の一番にはなれないだろう。
「たまにはあんな恋人デートも、悪くないな」
「……ああ」
恋人デート。三宮の言葉に昨日のことを思い出し、思わず頬を緩める。
なにもかも常識外れな恋人が、俺のためだけにしてくれたデート。きっと、俺はこれから先も一生忘れないに違いない。それくらい、幸せな時間だった。
※
始まりはそう、なんだったか。
折角の久しぶりの休日にも関わらず俺を屋敷に呼び出した三宮は、突然今日の俺の時間全てを買うと言って来た。
その時は、ああ、いつもの横暴かと内心で潰れたオフを嘆きながらも頷いた訳だが、私服姿のまま、なにもわからぬまま連れ出された先は街中だった。
「……三宮…?街になにか、用でもあるのか…?」
いつものお遣い、だろうか。いや、それにしては恰好も私服だし、なにより三宮が着いて来る必要は皆無だろう。
「……秘密、だ」
けれど尋ねてみても、三宮はクツクツと笑みを零すだけで、答えてはくれなかった。
やはり休日だからか街中には人が溢れていて、三宮は少しだけ鬱陶しそうに顔をしかめたが、引き返す様子は見られない。
三宮が歩く度にすれ違う人が、振り返り、また三宮を指差して何か言葉を交わしている。
それを見る度、思い知る。やはりこの男は、人を惹き付けてやまない魅力があるのだ―と。そうしてその度に考えてしまう。俺は、本当にこの男に釣り合っているのだろうか、と。
「……!?」
人の波を超えるためだろうか。
突然手首を掴まれ、引っ張られるようにして少し小走りになって歩く。
微かに俯いた俺に、気付いたのだろうか。否、三宮は前を見ているんだから、気付いているはずがないだろう。
けれどそれでも、ほんの偶然だとしても、そんな些細なことが俺にはすごく嬉しかった。
「………え?」
暫く歩いた先には、駅前から少し離れたところにある映画館。
決して寂れている訳ではないが、どうしても駅前通りにある映画館の方に人が流れがちだ。
「…こんなところに、なんの用が…」
三宮なら、わざわざこんなところにまで見に来ずとも好きな時に見る事が出来るだろうに。
「変なこというな、朝比奈さん。映画を見に来たに決まってるだろうに」
「だから、俺が言ってるのは…」
――そういう事じゃなくて…という、その先の言葉を紡ぐことは出来なかった。
俺の手を、三宮が取ったから。さっきまでの手首を掴むのとは違う、所謂恋人つなぎというもので。
「…三宮、こんなの…見られたら」
「構いやしない」
三宮のことを思っての言葉だったが、当の本人に涼しい顔をして一蹴され押し黙る。…本当に何が、したいんだ?
「朝比奈さんなにが見たい?」
「え…ああ…そうだな。今は……これは話題作らしいぞ」
「ふーん。じゃあそれにするか…ああ、そこのあんた、大人2枚」
「………三宮、チケット売り場はあっちだ」
館内に入っても三宮は相変わらずで。きっと映画館なんて来た事がないんだろうな、と思うような行動を仕出かす。
「む………そうか」
「俺がやろう」
「……いや、大丈夫だ」
思わず後ろからぴたっとくっついて行動を見守ってしまう俺は悪くない、と思いたい。
「ポップコーンなんてあるんだな」
「ああ…映画館だからな。買って来るか?」
「……そうだな、買ってみるか」
本当に今日は何処かおかしいんではないだろうか、と思うくらいに三宮の行動は変だ。ポップコーンなんて庶民の食べ物、食べる訳がないだろうとでも言うかと思ったんだがな。
注文ひとつで悪戦苦闘している三宮の姿を後ろから眺めながら、俺は思わずくすっと笑みを零したのだった。
※
三宮は何故だか少し後ろの方の、あまりよく見えないであろう座席を選んだ。
「ふん、二流映画だな」
「………そ、……っ!?」
肘に頬を付けながら呟く三宮に頷こうと口を開けば、身体に感じる違和感に目を見開く。
「三宮、なにをして…っ、んむ…」
仄暗い映画館でどさくさに紛れてなにをしようとしているんだ、と咎めようとした俺の口を塞ごうと放り込まれたポップコーン。
「……っ、…ん……ぅ…、っ」
ズボンのチャックを下ろされ、下着の上から緩急を付けて撫でられ、溜らず声が漏れた。バレてはいけないと思わず片手で口を押さえ、もう片方の手で三宮の腕を掴もうとするが、その手を逆に掴まれて繋がれてしまう。
「…みつ、みや…何を…っ」
「あ、ほら、朝比奈さん。ちゃんと見てなきゃ駄目じゃん。今すげえいいとこなんだから」非難の視線を向けるも、三宮の視線はスクリーンの方を向いている。
相変わらず白々しいやつだ。内容になんて興味ないくせに。
けれど、どうしてか三宮にそう言われてしまえば俺はそれに従ってしまうんだ。
「……は、ぁ…っ」
俺の努力を嘲笑うかのように勢いを増す手の動き。ゆっくりと、けれど確実に昂らされていく身体に、俺は小さく声を漏らしながら、少しでも周りに見られないようにと身を丸めさせるしか出来ないのだった。
「………っ、……あ、…あ、…無理……っ」
スクリーンに映される派手なアクションシーンと、爆音にうまく隠され、くちゅくちゅと厭らしい水音が漏れる。
すっかりとそそり立ったそれを掴む三宮の手。先ほどまで口を覆っていた手はもはや使い物にはならず、三宮の太ももの上に投げ出されていた。
「……朝比奈さん、いきそ?」
「………ん、ぃ…き…そ…だ」
耳元で問いかける三宮の声すら今の俺には刺激となり、身体を震わせながらも頷くと、三宮は腕を掴んで立ちあがらせると、俺の昂ったそこを隠すように上着を被せ、うまく俺の前に立ち歩き出した。――目的地はそう、便所である。
「………は、ぁ…っ」
駆け込むように個室に飛び込み、思わず安堵のため息を吐く。
…最初からこういう事が目的で、あんな抜け易い座席を選んだに違いない。
「…あんなとこで触られて、感じちゃったんだ」
「それは、三宮が…っ」
「俺が、なに?聞かせてよ、朝比奈さん」
前を寛がせたまま便座に座らされた俺の足の間にしゃがみ込む三宮は、少しだけ萎えてしまった俺を弄りながら、そんなことをいう。
中途半端に昂らされていた俺のものはすぐに勢いと取り戻し、だらしなく先走りのヨダレを垂らしていた。
「…ん、…っ、そ…れは…っ」
「それは…?」
「三宮、が…」
「俺が、なに?」
わかっているくせに、相変わらず意地が悪い。
何も言わない俺に痺れを切らしたのか、腕を掴んで立ちあがらせると、背中を向かされ、便座の腕を付く、所謂背面立位の体勢を取らせた。
「……っ」
後ろから抱きしめられ、服越しに背中に優しく口付けられ。
更に片手では震える自身を責め立てられ、堪らずに自分から強請るように腰を擦り付けてしまう。
「……俺が、欲しいんだろ」
「……あ、…ほし…ほしい…っ」
「なら言ってよ、朝比奈さん。あんたの気持ち、あんたの口から俺に聞かせて」
「き、て…くれ…三宮…っ、…なか…っ」
触られてもいないのにひくつくそこに、服越しに当たる熱いものが今すぐに欲しくて、その熱が愛おしくて。
俺は気が付けば自分から、それを求める言葉を口にしていたのだった。
※
もわんと辺りに漂うあからさまな行為後のにおい。
気怠さと、狭いところで無理矢理行ったことによる身体の痛みに、思わずため息を漏らす。それは流された自分にか、三宮に対してなのか。それは自分でもわからなかった。
「…三宮、」
「……朝比奈さん。腹減らないか?」
「…いや、それより今は少し寝たいな…」
ただですら負担がかかる行為を、いくら体力に自信があるとはいえ、何度もすれば身体が疲労するのも無理はない。
「…そうか。なら順番は違うが、先にホテルに行くか…」
「……?屋敷に帰るんじゃないのか…?」
「ああ、言っただろ。今日はあんたの時間を一日買うって」
「…?」
「こんなんでも一応、デートのつもりだったんだけどな」
デート。それは凡そ三宮からはかけ離れた言葉で。
「普段の俺がするような事じゃあんたは喜ばないだろ」
「………みつ、みや…」
ああ、そうか。それで、か。
今日の違和感の正体は、それだったんだ。
街中へ行くことも、徒歩だって。映画館だって全て。普段の三宮からは連想出来ないものばかり。
「でもどうして急に、こんなこと」
「…別にどうという訳でもないが、………一度してみたかったんだろ」
「………っ、なんで、それ…」
「東雲に聞いた」
三宮の言葉に、カッと顔が赤らむ。
確かに俺は以前そういう会話になった時に、少しだけ羨ましいと漏らしたことがあった。それがまさか、こんな風に本人に伝わってしまうだなんて。それも、三宮が実行してくれる、だなんて。
「こんなとこで言いたくないんだけどな。部屋を取ってあるんだ…来るだろう?」
「………ああ」
少しバツの悪そうに言う三宮に、愛しさが溢れる。
俺は三宮と一緒ならば、何処だって、それだけで最高のデートに違いないんだから。そんな意味合いを込めて笑えば、三宮も同じように、笑ったのだった。
※
すっかりと日が沈み美しい夜景をぼんやりと眺め、ほうっと感嘆のため息を漏らす。
三宮が連れて来たホテルは、流石というか高級ホテルのスイートだった。
美しい夜景を一望しながらジャグジーでまどろみ、ワインを傾け芳醇な味わいに浸る。
「…こんなので本当に良かったのか?」
「ああ、充分すぎるくらいだ」
三宮は不満げにいうが、俺は気にせずに三宮の胸板にしなだれかかり笑った。
三宮にしてみれば食事くらいはおすすめのレストランに連れて行きたかったらしいが、デリバリーで済ませてゆっくりしたいという俺のわがままに渋々ながらも頷いてくれた。
「……そうか」
「三宮、ありがとう…」
少し恥ずかしかったが自分から口付けて、胸板に頬を寄せる。
いつもなら照れくさい事もどうしてか出来るのは、夜景とワインの魔法にかかったからかもしれないな―だなんて柄にもないことを思いながら、泣きたくなるくらいに幸福な気持ちで、降り注ぐキスを受けるのだった。
こうして思いも寄らない事を仕出かす三宮に、何度だって実感するのだ―
ああ、俺はこの男が大好きで仕方ないのだと。心の底から、この男に溺れているのだと。
– – – – –
いつもお世話になってます望さんに捧げます。
無理矢理リクエスト奪って済みません←
寝相で段ボールに頭つっこむような奴ですが、これからもお世話宜しくお願いします←
リクエストってなにそれ、美味しいの…
無駄に長くてすみませんんんんん!!