久世由利ルート

――目が覚めると、相も変わらず暗闇の世界が久世の視界に映り込む。
押し潰されるような圧迫感に、自分が失敗したのだと知ると同時に、由利に出遭ってしまった事を思い出した。

由利 大輔。久世の従兄弟にあたる存在だ。
いつもヘラヘラとした軽薄な態度や言動を取っている由利だが、それはまるで努力をしても認められない自分を守る仮面のような…久世は由利に対し、そんな印象を抱いている。―だからこそ、自分が甘やかしてやりたいと、そう思ってしまうのだ。だから――。

「は…ァ、っ、貴裕…ッ」

暗闇に慣れた眸が、自分の上に乗っているそれを映す。暗がりの中で身悶えるそれは酷く見慣れたシルエットで、熱っぽく久世を呼んでいた。
久世の上に跨がり、身体をビクンビクンと震わせながら。

フォリア患者専用のこの病棟は、外部の者が一切近寄らないように、入り込めないように厳重な施錠がしてある。それは、言い換えればこの病棟はフォリア患者たちを閉じ込めるための監獄ということで。すべてはそう、世間体のために。
一生此処でフォリアの病に怯え、死んでいかないといけないのだ。そう考えただけで、気が狂いそうになる。否、いっそもう、狂ってしまえたらどれだけ良いか。

絶妙な締め付けで自分のモノを美味しそうにくわえ込む由利を眺め、久世は目を細めた。…可愛い、と思ってしまうのは、フォリアに頭までも感染されているからなのか、それとも―自分がもともと抱いていた想いだったのか。

「……大、輔」

自分の意思とは関係なく、熱を持つ自身。クスリを盛られたのだ、と気付いても由利を咎める気がない自分自身に、久世は苦笑いを零す。
本当に自分は、大輔には甘くなってしまう。つい甘やかしてしまうなにかを、この男は持っているのだ。

『ある日突然、お前の夢の中に出てきて愛を囁き始める人物―それが無限伴侶だ』

不意に、祖父の手紙に記されたフォリアの治療方法が頭を過る。
なんてバカらしい話だと、笑い飛ばせたらどれだけ良かっただろう。けれど、目の前で狂いはじめた父を見たあの日から、久世にとって『フォリア』は恐怖の対象でしかなかった。自分は、父のようになりたくない、とその想いだけが久世を突き動かし、生かして来た。
皮肉なことに、憎いはずのフォリアによって、久世は生かされ、そして殺されていくのだ、このままでは、今のままでは――。

ぼんやりと蕩けた表情を浮かべながらキスを強請るように身体を擦り寄せて来る由利を眺めて、久世はそんな行動すらも胸を高鳴らせてしまう自分にまた苦笑いを零すのだった。
無限伴侶とは、かくも自らの感情を揺さぶるものなのだろうか。

皮肉なことに、久世が祖父の手紙に書かれた『無限伴侶』を見つけたのは、この病棟に入ってからのことだ。

――最初は、気のせいだと思っていた。気のせいだと、思いたかった。
男の夢を見るなんて、正気ではないだろう。しかも、相手は自分が可愛がっている弟のような、そんな存在で。自分がその男を――由利を、組み敷いている夢だった。夢の中で、二人はまるで恋人同士のように寄り添っていたのだ。

だというのに、何故か。どうしてか久世は、その夢に嫌悪感を抱かなかった。――むしろ興奮すら、していたのだ。奇妙なことに。

夢の中と同じようにこうして身体を重ねる関係になったのは、一体いつからだったろう。そんな記憶すら曖昧になるほど、ふたりは毎日のように身体を重ねていた。
きっと、久世の無限伴侶が由利であった時点で、ふたりの運命は決まっていたのだろう。

「俺とシてんのに、なァ~に考えてんの?」

自分は患者として、由利は看護士として。
この病棟に囚われている。

何処か捨て鉢な節がある由利は、煩わしい事から解放され、ただ毎日こうして快楽を貪る毎日は楽で良い、と相変わらずの軽薄な笑みを浮かべ言いながらも、その眸はいつも何処か遠くを見つめていて。

――自分を檻に閉じ込めた父親を、恨んでいるだろうか。
――まるで生け贄のように身体を奪われ、自由の羽根をもがかれた事を。

「……大輔のことを考えていたんだよ」

見た目以上に柔らかい由利の髪を撫で、笑う。愛おしくてたまらない者を見つめるような、眸で。

「―――……くっせェ台詞~」

久世の言葉を受け由利は、一瞬ぽかん、として。それから、少し照れくさそうに頬を赤らめながら、くしゃりと顔を崩して笑んだ。嬉しそうに、子供のように。

「そんな風にご機嫌取りしても、お仕置きはなくなんねーからなァ!」
「………、…大輔、嬉しそうだね…」
「そりゃ~そーだろ。いつもいっつもいけ好かねえ笑顔でガツガツしやがって…たまには俺だってコッチで味わいたい訳よ、解る?」

だってオトコノコだもん。だなんてふざけたような物言いで、由利は後ろで久世のものを銜えながらもだらしなく涎を垂らしたそこを指差した。

「……はは、いつも最終的におねだりしてくるのは、そっちだろう?」
「――てッ、めーが…言わせるんだろーが!」

クツクツと喉を鳴らしながら由利の弱いところを攻めてやれば、由利は仄かに潤んだ眸でキッと久世の事を睨みつけながら、噛みつくように口付けて来た。まるで、もう黙れ、とでも言うかのように。

「――なァ、貴裕」
「ん?」
「今度逃げようとしたら、毎日、毎日俺のモノでお前の中を満たしてやるよ。俺なしじゃ、生きられなくなるようにさァ」

巫山戯たような物言いだったが、その眼は何処までも真剣そのもので。
獰猛な肉食獣のような鋭いまなざしに、思わず悪寒とは違うなにかが体中を巡る。…それはまさしく、興奮だ。

「それは……楽しみだな」

いつもの軽薄な眸とはまるで違う、吸い込まれそうなほど何処までも深い深い、闇のような色を含んだそれ。
はじめて由利から向けられる強烈な感情に、久世が抱いたのは恐怖でもなければ、嫌悪でもない。……歓び、だった。

身体だけの関係だと、思っていた。大輔は僕を憎んでいるとさえ思っていた。
だからこそ早くこの監獄みたいな病棟から抜け出し、ユーフォリアに入会することで、無限伴侶以外でフォリアの治療方法が見つからないかと思っていたのだ。
このままでは、やがて父のように、この病棟の患者と同じようになるだろうと思ったから。だから。

だけど――。

独占欲を剥き出しにした由利の視線を受け、久世は歓喜に震えた。
どんな汚れたものが含まれた感情であろうと、自分の方に大輔の気持ちが向いているのは違いないのだ。

それなら。

「僕を大人しくさせられるかは…今日の大輔の頑張り次第かな」

あとは罠を仕掛けて、大輔がそれにハマるのを待つだけだ。
俺なしで生きられなくなるように、だなんて。
――そんなもの、とっくの昔からそうだというのに。

そんな想いなど微塵も曝け出さずに、久世は挑発的な台詞とは対照的に穏やかに微笑みながら、由利に口付けをひとつ、落とすのだった。

end