2st day

カーテンの隙き間から差し込む朝日が眩しくて、眉を顰めながら東雲はのそりと上体を起こす。
が、絡み付いた腕は、隙き間を縫って抜け出そうとしてもガッチリと抱え込まれていて抜け出す事はかないそうもなく。
諦めて溜め息ひとつ零しながら、自分をぎゅうっと抱き締めるその人の顔を見上げ、思わず頬を緩ませた。

いつもは鋭い眼光を放つ万里の瞳は、今は瞼に閉じられて、長い睫毛に縁取られていて。うっすらと開いた唇は穏やかな寝息を立てていた。それらが万里の表情をあどけなく見せている原因だろう。
実年齢よりも大人に見せている涼しげな眼差しや、ニヒルな笑みもなく。そこにあるのはただの青年の寝姿だけ。

その顔が東雲には堪らなく愛おしくて、可愛らしくて。
離島に来てから向けられる万里の素に近いのだろう言動ひとつひとつに、東雲の鼓動は高鳴るばかりで。
振り回されている、と思う。万里も東雲の反応をわかってやっている部分も多くあるのだろう。
だというのに嫌な気分ひとつすら沸かないのはきっと、もう自分がどうしようもないところまで来てしまっているから。

「……三宮、さん…」

穏やかな寝息が、時折東雲の首筋に掛かって。
もどかしいくすぐったさに身じろぎながら、指どおりの良い髪に手を伸ばす。

普段の万里は、言葉は丁寧でも態度は年上に対するそれではない。けれどそんな態度すら当たり前と思ってしまうほどの、圧倒的な存在感。立場云々もあるかもしれないが、それでもその大部分は万里の人柄故に、というところが大きいだろう。

けれど、今目の前にいるのは自分が手を伸ばしても決して届かない、隣に並ぶことなど有り得ない夢物語だという事実を突き付けられる、存在ではない。
今となりにいるのは自分を信頼して隙を見せてくれている、ただの可愛い年下の男なのだと、そう思ってしまうような、――そんな非日常の、世界。
外部との接触はすこしもない、この世界は万里と自分のただ二人だけの世界なのだと錯覚してしまいそうな、不思議な場所。

蓋をしたはずの想いが、溢れ出してとまらない。
気付かないように蓋をしたはずの想いは、ひっそりと根をはやし後戻りできない程に大きく育っていったのだと。
もう、鈍いふりは出来ないのだと、そう突き付けられた。

「……三宮さん…」

名前を口に出しただけで胸にじわりと灯る熱い気持ちは、もう抑えることなど出来ないのだ。
おだやかな寝顔を見つめるだけでこんなにも泣きたくなるくらい苦しくて、幸せで、愛おしいのだから。

誘われるように顔を近づけ、唇を食む。
ふわりと鼻腔をくすぐるシャンプーの匂いは、自分のものと同じで。そんな些細な出来事すら心躍るのだから、もうきっと自分は堕ちるところまで堕ちてしまったのだろうと東雲は諦めの笑みを零す。
抱き寄せられている胸板に手を這わし、鍛えられた筋肉にトロンと顔を蕩けさせながら、甘えるように足を絡ませた。
自分のものは、既に興奮から熱を灯らせている。寝巻き越しに軽く押しつけるように腰を揺らせば、万里のかたい太ももに熱量がぶつかり、思わず熱い吐息を漏らして。

「……くっ、…やば…い」

朝からこんな、一人遊びなんて。
虚しくなるだけなはずなのに、一向に収まるどころか激しさを増す欲望の炎に、自分で自分を呆れるばかりだ。

期待して布団に潜り込んだはずのものが与えられなかっただけで、こうも浅ましく自分から求めてしまう。
心はまるで中学生と変わらないなと冷静な部分を残しているというのに、身体はもっともっとと暴走を止めることなど出来なくて。
眠りにつきながらも自分の拙い愛撫により段々と息が荒くなっていく万里にとうとう、最後の理性すらも、崩れ落ちてしまったのだった。

与えられた快楽に東雲を掴んでいた万里の腕が緩んでいき。
抜け出すには十分の隙き間が与えられた東雲は、スッと下にかがむような要領で布団へと潜り込む。

「…ん、…は…っ、ちゅ…」

そうして寝巻きを少しだけ下にずらし、ブルンと外気にさらされた万里の自身を躊躇いなく口に招き入れて、東雲は片手では自分自身のものを慰めていた。

「……っ、…ぁ…く、ぅ…っ」

昨日飽きるほど絞りだしたはずの欲望は、隣に万里がいると思うだけでどんどんと滾っていく。まるで猿のような自分の身体を恥ずかしいと思うのに、止めることなど出来なくて。
爽やかな朝には到底似つかわしくないような厭らしい行為に没頭しながら、東雲はいつまでもこうしていたいという想いと、万里の目が開いてこの行為の続きを欲する想いとが鬩ぎあっていた。

早急に寝巻きに突っ込み自らを慰めていた手は自らが吐き出した汁で濡れそぼっていて、そのままゆっくりと後ろへと伸ばしていく。
つぷり、と小さく音を立てて東雲のささくれ立った指は、難なくそこに飲みこまれていく。散々使い込まれたそれは、大した刺激を与えずとも簡単に指程度の太さのものなら受け入れてしまうのだ。

「…~っ…ンあっ」

もっともっと、強い刺激が欲しくて、切なくて。
東雲は自分の中から指を引き抜くと、のっそりとした足取りで隣に眠る万里の方へと近付いていく。

…穏やかな寝顔。鋭い瞳が閉じられると、万里の顔はなんだかすこしあどけなく見える。…否。年相応、というべきか。
いつもは若造と舐められないために気を張って、それこそ自分よりも一回りも二回りも年上のお偉方と対等に接しているからだろうか。あまり自分よりも年下という感覚がないのだが、此処に来てから。そう、万里は少しだけ無邪気な表情を浮かべるようになった。
立場とか、役割とか。そういうしがらみから解放された所為かもしれない。

東雲の息抜きにという万里の気持ちももちろん嬉しいが、それ以上に。万里自身が東雲と居る事で、こうして穏やかな気持ちでいてくれることが嬉しくて。
ああ、こんな穏やかな時間がどうか少しでも長く続きますように、と。
そんな、希望を抱いてしまうのだ。

「……三宮、さん…」

東雲の呼び声に反応してか、長い睫毛が小さく震える。目の下にうっすらとクマをこさえ、多忙を極めていたのだろう、万里の艶やかな黒髪は少しだけ痛んでいた。

――キレイなひと。美しい人だと、改めて思う。
見た目だけに限った事ではなく、その内面が。どれだけ無茶苦茶な言動で周りの人間を振り回してみせても、どれだけ規格外な人だとしても。万里は自分に厳しく、そして他人の痛みがよく解る人だ。いっそ敏感なくらいに。

ピンと伸びた背筋に、凛とした横顔はまるで張りつめた弓のようだと思う。
その肩に一体どれだけ重いものを抱えているのだろう。どれだけの辛酸を舐め続けて来たのだろう。三宮の為に、自分の妹を守るために。

「…………ご主人、様…」

どうか束の間の休息を穏やかに過ごして欲しいと願いながらも、浅ましい身体が万里の熱量を求めて止まない。
いけないと頭では解っていても手が勝手に、朝の生理現象か微かに反応している万里のものへと伸びていく。ズボン越しに熱を感じ、また火照る身体に東雲は自嘲ともつかぬ笑みを零したのだった。
万里の目が覚めた後、当然倍返しを食らう東雲の姿があったことは言うまでもないだろう――。