大人のための子守唄

※蜜月シナリオを意識しつつも自分設定も入ってる、そんな時間軸

(……イかれてる)

万里のベッドに潜り込むようになってから、もう何度目だろう。
気まぐれな主は鈴木を追い出そうともせず、それどころかまるでぬいぐるみを抱き締めるかのように鈴木を自らの腕の中に抱き寄せてくる始末で。

両指でも足りないほど体を重ね、気まぐれに口付けられ。けれど”コイビト”などという甘い関係とは程遠い、むしろ真逆の関係だった筈なのに。
その関係は、まるで義父のようなそれだったはずなのに。

この男の腕の中で穏やかな夜を過ごせるなんて、考えもしなかった。考えるはずがないだろう。いつだって二人の関係は、甘さとは掛け離れたものだったのだから。

どうせいつもの気まぐれに違いないのだ。飽きてしまえばポイと手のひらを返したように、元の関係に戻るのだろう。これはただの、遊びなのだ。
それでも曖昧ないまの関係が妙に心地よくて入り浸ってしまうのは、仕方のない事かもしれなかった。

鈴木の母親は、男を地位や金でしか評価しない女だった。自分が安定した生活を得るためには、どんなものだって捨ててしまえる女だった。
母親にとっての鈴木もまた、道具として使い捨てられるもののうちのひとつだったのだ。自分の未来を明るいものにしたいが為に、まだ幼かった鈴木を簡単に差し出してしまえるほどには。

(自分もあのオンナの子供ってことデスかねえ…)

嫌悪しているはずの”そういう性質”を、少なからず受け継いでしまっているのだろう。
幼い頃より狂った環境に置かれていた鈴木は、自分を大切にするという感覚を忘れてしまった。というよりも、そんな感覚を持っていられるほどの状況ではなかった。自分を諦めてしまわなければ、鈴木はとっくに狂ってしまっていただろう。

自分でも無意識に万里の胸板へと甘えるように鼻を擦り寄せていたらしい、更に力強く抱き締められて、思わず安堵の溜め息を漏らしていた。
求めれば返って来る。そんな、ことが珍しくて。……嬉しくて。

「……ね、え…今日は、シないんですか…?」

つい男に媚びる女のように、甘えた声を出していたのだ。その声は自分でもゾッとするくらい実母のそれに似ていて、また小さく自嘲したのだった。

薄らと骨の浮いた華奢な体躯である自分のそれとはちがう逞しい万里の腕に抱かれ、鈴木は未だ自分の中に居座るその存在を感じながらぼんやりとした幸せに酔いしれていた。
いつ終わるともしれぬ穏やかな時間。手放したくないという感覚などとうに忘れていた筈なのに、どうしてかこの温もりが愛おしくて「ずっと」を期待してしまう自分がいることを誤摩化せない程度には鈴木は自分の想いを自覚していた。

「は…っ、相変わらずひどい抱き心地だな」

そんな酷い事を言いながらも万里は言葉とは裏腹に、更にきつく鈴木のことを抱き寄せた。
病的なほどに白い鈴木の身体は、先ほどの名残でまだほのかに赤く色付いていて。

「……、その割にはがっついてるよーに見えましたケドね」

鈴木の憎まれ口は、まるで動物が必死に自分を大きく見せようと威嚇するそれに似ている。万里はそれが分かっているからこそ、そのひどく幼稚な応酬が寧ろ愉快なそれでしかないのだ。
クツクツと喉を鳴らしながら、鈴木の顎を掴んでこれ以上言葉は紡がせないとでも言うかのように噛み付くように口付ける。
薄い唇を舌で撫で開くと歯列を割って鈴木の舌を絡めとる。そうすればすっかりと快楽に慣らされた鈴木の身体はくたり、と弛緩して。

「……は、…ん…っ」

深く深く口づけを交わしていると、やがて鈴木は耐えきれないと言った様子で万里へとしなだれかかった。
鼻にかかったような声を漏らす鈴木は年齢よりも幼い、下手をしたら学生にすら見える外見だというのに、こうして情欲に溺れ甘ったるい表情を浮かべるとなかなかどうして艶やかである。

「っ…う、ん…ァっ」

すべてを食らいつくされるようなキス。病的なほどに白い鈴木の肌はすっかりと紅潮し、ほんのりと桜色に染まっていて。
空気に晒され粟立つ皮膚はいつも以上に敏感になっているような気がして、鈴木は無意識に吐息混じりの溜息を漏らす。万里の指が肌をすべる度にビクンと身体を震わせる鈴木に、万里がまた喉を震わせ笑った。

「随分期待してたみたいだな」
「……っ、ちが…っ」
「は、どうだか。ここは随分嬉しそうだぞ」

ズボンを押し上げて存在を主張するそれを無遠慮にまさぐられ、息を呑んだ。突然の直接的な刺激に思わず肩を震わせるが、言ったところで止めてくれるとも思えない。
鈴木はただ諦めたように息を漏らして、万里に身を任せるように力を抜いてそれを甘受するのだった。

ただ、いつものように自分を諦めてしまえば良いだけだ。そうしていればなにも感じない、痛みも悲しみも苦しみもない無の世界に沈み、ただ終わりを待つだけで済む。
――だというのに。

「鈴木」

万里の口から紡がれたそれがあまりにも、柔らかく穏やかなそれで。

「……ッ」
「………、…お前は…」

思わず身を硬くした鈴木の頬を、万里の手が一撫でする。そうすれば鈴木は目を丸くてビクリと肩を震わせた。
モノのように扱われることが当たり前だった鈴木にとって、こうした意味のない触れ合いはどうしたって慣れることのないものだ。
もっと手酷く扱ってくれたなら諦めもついたのに、万里は不意にこうして気まぐれを起こして鈴木を振り回す。きっと混乱した自分を見て愉しんでいるのだろう。悪趣味だと心の中で悪態を吐いてみせるが、居心地の悪いはずのこの穏やかな時間を嫌だと感じないのだから、自分も大概だろう。

「……、なんですか」

半ば八つ当たりのように万里を睨み付ける鈴木にまたフと笑みを零し、その問いかけには答えずに万里は鈴木の唇に自らの唇を重ね合わせた。

万里も荒っぽいキスは鈴木のくだらない感傷も、なにもかもを飲み込んでいく。
あとに残るのは純粋な快楽と競り上がって来る熱情と、おなじように目の前で熱っぽい眼差しで自分を見下ろす万里の熱だけだ。

「ハ、……相変わらずゴーインです、ね」

キモチイイコトは嫌いじゃない。ソレが温もりを伴うものだという事を知っているからだ。

「…」

鈴木のトラウマは、根深い。
幼い頃、訳も分からぬまま身動きの出来ない鈴木を蹂躙した義父。
何度泣き叫んでも助けなど訪れる筈もなく、抵抗をすればするほどに鈴木はむしろより一層の自由や感情を奪われていくのだ。

ぐちゃぐちゃと真っ黒に塗りつぶされた感情。成人しているのは身体ばかりで、その正体は面倒ごとばかり抱え込んだ厄介な子供である。どちらか左右にでもすこし傾いてしまえば崩れ落ちてしまう、そんな繊細でアンバランスな存在。
それが、万里の抱く鈴木世界という人間像だった。

鈴木の目はまるで迷子の子供のようだ。諦めきった瞳は何処までも薄暗くガラス玉のような感情の読めない瞳をしているくせに、不意に頼りなげに揺らめくそれはいつでも助けを求めているような不安定さを持っている。
自分ひとりの力では生きることも出来ない、誰かに依存しないと正気を保てないそんなちっぽけな存在。

「……、うるせえよ」

噛みつくような口づけは、鈴木のすべてを奪うようなそれで。
どろどろと濁った汚い感情もすべて忘れて、万里から与えられる快楽の渦に飲みこまれていく。
それは、とてもとても幸せなことだった。

「………ご主人サマ…」
「……なんだ」
「………もっと……」

手を伸ばして、強請るように。

「もっと………ほし、い…」
「ふ、どうした…?今日は随分と素直じゃないか」

目を細めて満足げに笑う万里の姿に、求めてしまった恥ずかしさと止まらない胸のトキメキが苦しくて、愛しくて――自分だけがこんなにも夢中になっていることが悔しくて。
鈴木は半ばやけくそのように、自ら万里の手のひらを高ぶったそこへと誘うのだった――。

ご主人様LOVE企画に参加させて頂きました。主鈴。微エロ。
いろいろな恋のかたち第五弾『プラグマ』
お題は【告別】さまよりお借りしました。