――エリサはいらついていた。
原因はエリサのことを知っている人間ならば直ぐに想像がつくだろう。
「あ、の…エリサちゃん…」
「うるさいわね、話しかけんじゃないわよ」
遠慮がちに自分を呼ぶ声に、芹沢の方も見ずに冷たく言い捨てる。
ギリギリと歯軋りを鳴らしながら自分がスカートであるという事も厭わずに芹沢を足蹴にした。
「あっ、痛…っ」
「むかつく!むかつくむかつく!あの男…ッ!」
制服越しとはいえ固いローファーで太ももを蹴られ痛みに呻く芹沢など素知らぬ顔で、先ほどの光景を思い浮かべ、エリサはまた歯軋りをひとつ鳴らす。
芹沢と共に学校から帰り、屋敷に着くや否や応接間からほのかに漏れて来た声。うっすらと開いた扉から覗く、重なる二つの影。
――それがエリサの不機嫌の原因だった。
御園しいな。お兄ちゃんを妄信的に慕う男。
エリサは御園が嫌いだった。否、自分の敬愛する兄に近づく全てのものが、エリサにとっては敵でしかないのである。
この屋敷に居る殆どの人間、そう自らの兄と橘と――芹沢以外は。
「エリ、サちゃん…痛い、よ」
「………ふん、良く言うわよ」
対面したソファーに座りながら小さくなる芹沢を蔑んだ目で見下しながら、尊大な態度で、フンと鼻を鳴らす。
――芹沢、この男のことはよく良くわからない。
いくら自分が冷たくしても気にした様子もなくヘラヘラと笑う男の真意が解らず、エリサはもやもやとした気持ちに、また苛ついた。
「…あんた、勃ってるじゃない。このヘンタイ男」
「……っ、あ…これは…ちが…っ」
年齢に相応しく小振りな山を張らせるそこは、そう目立つものではないが、それを目敏く見つけたエリサは侮蔑の表情を浮かべながら芹沢を詰った。
「ふん、品行方正な生徒会長が良く言うわ。とんだヘンタイのクセしてね」
「エ、リサちゃ…ふ…ぁ…」
自分には決して付いていないそれ。
エリサの中に不思議な興奮が湧き出て、ローファーのまま弄ぶようにそこを詰れば、芹沢のそこは段々と形を変えていく。
白い肌に赤みが差し、遠慮がちな吐息は段々と荒いものに変わっていって。
制服のズボンがじわり、と色濃い部分を拡げていく。
「……うぅ…エリサちゃ、…俺っ」
まだ身体が形成されていないからか、それとも芹沢の身体が華奢なのか、線の細い身体は頼りなく小刻みに震える。
けれど芹沢からは拒絶の感情は見られない。
―それもその筈、芹沢はエリサの事が好きなのだ。
芹沢も健全な男子である。一度と言わず何度もそういう妄想をしたことがある、そんな好意を抱いている人間から触れられ、嫌だと思う筈がない。
普段他人に見せることのないそれを晒され、恥ずかしいと思う事はあってもだ。
「……ふん、男って浅ましいのね。だから嫌い」
「……ぅ…あ…汚れ、ちゃうから…」
「別にそんなのどうだっていいわ。あんたはただ私に八つ当たりされてたらいいのよ」
――お兄ちゃんも、そうだったのだろうか。
他者を制圧し、屈服させるこの行為に、どうしようもなく身体が熱くなる。
女の自分よりも力の強い男である芹沢が、自分の良いように弄ばれ翻弄される様は、たまらなくエリサの嗜虐的な感情をくすぐったのである。
「……何処見てんのよ、ヘンタイさん」
攻め立てられ生理的な涙を零す芹沢の視線が、スカートから覗く自分の太もも、それから同級生のものより幾分か発育の良い胸の膨らみへと向けられている事に気付いたエリサは、それを隠そうともせず、むしろ見せつけるように身体を寄せる。
「あ…エリサちゃんの…が…こんな、近くに…っ…うっ」
ふんわりと香るエリサの匂いに、柔らかな感触に、芹沢の欲望がむくりと擡げる。
ズボンを押し上げるものが苦しくて顔を歪ませながら片目を瞑ると、無意識に腰をくねらせた。
もっともっとと、せがむかのように。
「…ふふ、触りたい?ここ、苦しそう」
エリサは蠱惑的な微笑を浮かべながら、腰掛けていたソファーから芹沢の座りソファーの手すりに腰掛け、ズボンを押し上げるそれに指を這わせた。
「……あ、さわり…た…っ」
エリサの持つ独特な雰囲気に飲まれてか、芹沢は素直にエリサに擦り寄りそう懇願する。
――普段は澄ました顔の芹沢のこんなだらしない顔、学校の女の子たちが見たらどう思うのかしら。
普段ならどうでも良いと一蹴する事が何故だか頭を過り、そんな自分のらしくない考えを振り払うと、ギチギチと鈍い音を立てているジッパーをわざともったいつけるようにゆっくりと下ろしていく。焦らすように、時折偶然を装って熱を持ったそこを指で撫でるようにして。
「……は、ぁ…はぁ…ッ、エ、エリ、サちゃ…っ」
「なに一人でアツくなってんのよ」
するすると芹沢を攻め立てる言葉が紡がれていき、エリサの身体をも熱くしていく。この感情は三宮の血の為すものか、はたまたエリサ自身のものか。
「……エリサちゃんに…触れられてるから…、」
「…ふん、馬鹿みたい」
「………ん…、ぅう…ぁッ」
ぴくぴくと震える芹沢の自身に爪を立てれば、芹沢は堪らないと言った様子でギュウッと目を閉じる。桜色の唇を震えさせ、堪えきれない嬌声を上げた。
「……どんどん溢れてる」
「…んぅ…う…ッ!」
エリサの指に絡み付く先走りを指で弄びながら攻め立てる手は緩めない。そうすれば性に耐性の少ない芹沢の身体はすぐに限界の迎えるのだった。
「………情けないわね。もう出しちゃったの」
エリサの手のひらに吐き出した欲望をぼんやりと見下ろしていると、ハァハァと荒く呼吸をする芹沢が、恥ずかしそうに目を伏せる。
「ご、めん…なさ…」
「…ふん、別にいいわ。あんたを虐める機会なんて、いくらでもあるんだから」
「………ぁ…」
「後悔したって遅いわよ」
「エリサ…ちゃん」
ぼんやりと何処か熱を帯びた瞳を蕩けさせる芹沢の顎を掴むと、エリサは芹沢の薄く開いた唇に噛みつくように口付ける。
そうして不敵な笑みを浮かべながら、芹沢の耳元に唇を寄せ、エリサはそう囁くのだった。
「私が呼んだら、すぐに来なさい」
「………は、い」
覚えたてのその倒錯的な遊戯に、ふたりがどっぷりとハマっていくのは、仕方のないことなのかもしれない――。