主浅

――キィ。
遠慮がちに開かれた扉の音に、万里がエントランスの踊り場から下をのぞき込めば、其処には疲弊しきった浅葱の姿があった。
疲れた表情でこちらへ向かって来る浅葱に声をかけると、浅葱特有の気だるげな色気を含んだ瞳が万里の姿を写す。

「なんだ、起きてたんですか」
「……少しのどが渇いただけだ」

へえ、と興味なさげな短い返事と共に万里の横をすり抜けようとする浅葱。
ふわりとかおる、浅葱のものではない香水の臭いに万里は眉をしかめ、自分でも無意識のうちに、その腕を掴んでいた。

「…………なにか」

掴まれた腕をジッと見つめ、それから訝しげな表情を浮かべながら浅葱は万里の方へと視線を移す。

「……茶を用意しろ」
「…………なら着替えてきますよ」
「そのままで良い」

万里は自分でも無意識のうちに起こした行動の理由を追求することはせず、それだけいうと浅葱の腕を離して自室がある方向へと歩を進めるのだった。

「……じゃあキッチンに」
「俺の部屋の簡易キッチンに道具はすべてある。早く来い」
「…分かりました」

理不尽な万里の要求にも浅葱は慣れた様子で従う。