[ヤンキーナースSpecial]由利大輔

消灯時間も過ぎ、不気味なまでにシンと静まり返った真っ暗な病棟。
廊下には、久世の革靴の音だけがコツコツと響き渡っていた。

そもそも何故、消灯時間も過ぎた病室の廊下を久世が歩いているのか。その理由は実に単純明快である。

――久世は、この病院の患者であった。

フォリア。未だ知名度は皆無に等しく、その殆どが精神疾患と誤診されてしまう、病気。
この病棟は、フォリアを患った患者たちが入院している、日本で唯一の病院なのだ。
華族に多く発症するフォリア。患者の多くが、その治療法さえ知らずに心を喪していく。……優秀な一部を除いて。

ユーフォリアに入会するため、フォリアの謎を解明する為、久世は近づき過ぎたのだ。その謎に、触れ過ぎた。
半ば投獄に近い形で、無理矢理入院させられた。

「早く、早く逃げ出せないと」

ここの看護婦に見つかってしまえば、直ぐにでも連れ戻され、それこそ病室に監禁されてしまうだろう。

――早く、ハヤク、はやく!!!
父のようになる前に、早く此処から出てユーフォリアに入会しなければ、でないと僕は…。
あの日の父の様子を思い出し、ぶるりと肩を震わせた。

と、その時。

「なァーに、してンのかなァ?」
「!」

後ろから突然、強い力で肩を掴まれて。

「もしかして~、逃げ出そうとでもしてた?」

表情の見えないサングラスの男は軽薄な笑みを口元に浮かべながら、けれどその声は何処までも冷ややかだった。

「こんな時間に病室を抜け出そうなんて……悪ぃ奴だなあ」
「――由、利…」
「あんた、そんなにオシオキしてほしーんだ?」

にたにたと厭らしい笑みを浮かべながら由利は、手に持っていた注射器の針先をこちらに向きやり――

「それならお望み通りでっけェ注射器ぶち込んでやらァ」

そこで僕の意識は、途絶えてしまった。
覚えているのは意識を手放す直前に腕に感じたチクリとした鈍い痛みと、それから崩れ落ちた僕の身体を抱き寄せた由利の、恍惚とした表情と、それから――。