1st day

万里の運転により先ほど来た道を戻り、海へと向かう。
道すがら何度も何度も万里の真剣な横顔を見つめてしまう自分にも、気付いていて放置しているであろう万里にも、その全てが恥ずかしくて堪らないというのに何故だか止めることが出来ず。
結局、目的地に着くまでの間折角のオープンカーからの景色を楽しむ間もなく、東雲はずっと万里の横顔を見つめ続けていたのであった。

何度来ても感嘆の溜め息を漏らさずにはいられない、美しい海。
年甲斐もなく砂浜を駆け出したいという欲求を抑えながら、万里に促されるままに砂浜に建つ建物、曰く更衣室へと、向かう。

更衣室というには、あまりに大き過ぎるそれは、所謂海の家、と似たような役目を果たしているのだろう。
入ってすぐ、基本的な電化製品の揃っているフリースペースはサッシを開け放てば屋根付きのデッキに繋がり、デッキにはデッキチェアやテーブル、バーベキューコンロまでもがセットされていて。

「おおお、バーベキュー!いいっすね」
「ああ…そういや、そんなモンもあったな」

冷蔵庫を開けてみれば、冷えたビールまで置いてあって。
否応なしにも東雲のテンションは上がっていくのだった。

「こりゃより一層楽しみっすね~。んーと更衣室って、こっちでしたっけ」
「いや、その扉じゃない。その隣だ」
「あっれ、こっちはシャワールームか…」

女性用と男性用とが区切られたスペース。
更に更衣室もシャワールームもすべて個室という配慮がされていて、且つ海の家にあるような簡易なそれとは大違いのちゃんとした設備に思わず感嘆の溜め息が漏れる。

「んじゃ、俺こっち使わしてもらいますね」

そう言いながら入り口から一番近い更衣室に入れば、なにを思ったのか万里も東雲の後に着いて個室へと入って来て。

「…へっ」
「ふん、なにも今更別々の場所で着替える事もないだろう。お前の身体なんて、全部知ってンだ」
「なっ、そ…そういう問題じゃ…」

確かに、個室と言っても大の大人が二人入って尚、十二分に動けるスペースは残っている。
此処で二人着替える事も、なんら不可能な事ではない。ではないが、なんとなく気恥ずかしくて堪らない。万里の言うように、東雲の身体の事は恐らく東雲以上に詳しいとしても。

行為の最中とは明確に違うと分かっているからこその、羞恥心。
男同士で脱衣所にすし詰めになって着替えるなど、学生時代にごく当たり前に行っていた事だというのに。

相手が万里であると自覚した時点で、ダメだ。…平然と着替える自信がないのだ。

「……まどろっこしい奴だ」
「…うぁっ!?」

首元に息が掛かるほど近くで溜め息をつかれ、そのまま背中から包まれるように抱きつかれたと思うと、ズボンのベルトに手を掛けられる。
スルリ、と布が擦れ合う音と、背中越しに感じる自分以外の体温。心臓の音に、思わず顔がカッと熱くなって。
ボタンを外される音、チャックが下ろされる音。…脱がされている事は分かっているというのに、東雲の身体はまるで石になって固まってしまったかのように、動かなかった。

「……ぁ、ッちょ…」

あっと言う間にシャツだけを羽織った頼りなげな姿にされ、いつもの行為を予感させるその指に、否が応にも反応してしまう自分の身体が恨めしくて。
戯れに身体のラインをなぞられ、脱がせるためとは明らかに違うその指の動きに、思わずビクンと震える身体。
背中に感じる逞しい胸板にそのまま縋ってしまいたいと、そんな女々しい考えすら頭を過る。

「あ……ッ、も…ダメ、ですって…っ!」
「なにがダメ、なんだ?お前の身体はこんなに俺を欲しているように見えるけどな」

明らかに熱を孕んだそれをズボン越しに宛てがわれ、思わず生唾を呑み込んでしまう。
万里はそんな東雲を揶揄するようにクツクツと喉で笑い、動揺する東雲に更に追い打ちをかけるかのように、何度もそれを擦り付けて来る。

結局、東雲がマトモに水着に着替えられたのは、それから散々万里により苛められぐったりと意識を絶えさせられる、寸前のことだった。

♂ ♂

「も、ホント…ひでぇっすよ…」
「お前だって乗り気だったじゃねーか」

けだるい身体に鞭を打ってシャワールームへと駆け込んだ東雲が更衣室へと戻り、開口一番に恨めしそうに万里をキッと睨み付けた。
しかし東雲の瞳は先ほどの戯れの所為で微かに潤んだままで、到底万里にダメージなど与えられるはずもなく。

「……ッ」

むしろ腕を組みながら尊大に言い放つその姿を直視して、言いたかったはずの文句の言葉はもうそれ以上口に出す事が出来なかった。

万里はいつも、ゆったりとしたカジュアルな服装を好んで着ている。しかし、それでいてガッシリとした身体のラインを邪魔しないもの、だ。
しかし今は、万里を包み込むものは下着とほぼ変わらぬ、水着という布一枚のみで。

万里が述べた通り、互いの裸体など見慣れている。見慣れているが、見飽きる事など決してない均整のとれた身体に思わず目を奪われたのだった。
この腕に、いつも抱かれているのだと…。

「……ぁ、」

考えてしまえばもう、耐えられなかった。
まるで性を覚えたての餓鬼みたいな自分の身体を恥じ俯こうとするが、聡い万里が東雲の変化に気付かないはずもなく、呆気なく顎を掴まれ阻止されてしまう。

「お前ナニ考えてたンだよ」

すべて解っていて東雲の口から言わせたいのだろう、揶揄うような口調。
にたりと口許を意地悪く釣り上げて、東雲の身体にすっと指を這わせていく。
シャワーを浴びたばかりで火照った身体から立ち上がる湯気。ふわりと鼻腔をくすぐる石鹸の香りに、とっくに冷めた筈の万里の熱までも上がっていくのを感じた。

「な、にも…」
「嘘吐け」

それだけ言うと、東雲のしとどに濡れた髪をくしゃりと撫でるように後頭部を掴み、噛み付くように口付けて。
無理矢理唇を抉じ開け舌を捩じ込むと、東雲も苦しそうに眉根を歪ませながら、それに応えるように怖ず怖ずと舌を差し出し、絡ませた。
ぬちゅぬちゅと厭らしい水音が辺りに谺し、鼓膜が犯されるような錯覚すら覚える。熱の籠ったそれに万里のものを宛てられ、無意識に腰を揺らしてしまう自分に、呆れこそ感じても嫌悪感など微塵も覚えないのだから、きっと自分はとっくにもうこの倒錯的な関係に染まりきっていて、溺れているのだろう。

――あー、腰痛めそうだなぁ…。

東雲は熱に浮かされながらも、何処かの場違いなほどの冷静な部分でぼんやりとそんな事を考えていたのだった。

「……そ…っ、んな…とこ…ばっか…ッ」
「フ、自分から押しつけといて何言ってンだか」
「ちが…」

更衣室のかたい床に寝転がされ、尻だけ突き出すような体勢を取らされて。
恥ずかしくて堪らない格好だというのに、水着の上から何度もひくつくそれを撫でられれば堪らずじわり、と水着に染みを作ってしまう。

「……やッ、ぁ…ひぅ…っ」

指先で円を描くようにくるくると浅く抉られ思わず逃げるように腰を引けば、テントを張った先端を水着越しに床に擦り付けてしまい、思わずピクンと背中を震わせた。
力の入らない下腹部がゆったりと下に下がる度、熱の孕んだ自身が床に擦られ、堪らず腰を揺らしてしまう。もっと明確な快楽を欲しいのに、万里から与えられるのはむず痒い快楽だけ。
床につけた下半身を擦り付けるように小さく身体を前後して、強請るように尻を振った。そうすれば万里によってゆっくりと焦らすように下ろされる水着に、また下腹部が熱くなる。
…ちっぽけなプライドなど、東雲には最初から存在していないのだ。

「お前、ほんっと相変わらず淫乱な奴だな…」

――こんな淫乱な身体に焦がれるアイツらも、可哀想に。

クツクツと意地の悪い笑みを零しながらそう耳元で囁いた万里に、東雲は思わず自
嘲した。…本当に、その通りだと思ったからである。

可哀想に。こんなどうしようもない自分に引っ掛かってバカみたいだ、と思っているのに、そんなことよりも今はもっとこの快楽を追いかけたくて…万里のことだけを感じたくて。

東雲はただ万里に与えられる熱情に酔いしれるように、みっともなく嬌声を上げながら自らの水着を下げる万里の姿を見つめ、蕩けきった瞳を細めてもうすぐ訪れるであろう熱量に喉を鳴らすのだった。

♂ ♂

――結局、東雲と万里が海を満喫出来たのは、それから一時間後の事だった。

早々にビーチチェアへと寝そべり出した万里を半ば強引に海に連れ出し、ニタリと悪戯っ子さながらの笑顔で水鉄砲をかます東雲。

「ほう…。いい度胸だな…」

そうして振り向いた途端に勢い良く水鉄砲をかまされた万里はにたぁ、と悪どい笑みを讃えながら東雲の足を払い、バランスを崩した東雲の頭を手で押さえ、そのまま海中に押さえつけた。…つまるところ、子供めいた仕返しである。
当然息の出来ない東雲は万里の手を払おうと暴れ出すが、万里が足で東雲のモノを踏みつけるものだから、突然の出来事に驚いた東雲は其処が水中であると言う事も忘れて、口を開いた。…どうなるかは、言うまでもないだろう。

「~~~~~ッ!!!」
「クッ…クク」

万里が手を離すと東雲は勢い良く水面から飛び出し、思い切り噎せ込んだ。鼻に水が入ったらしく、目は潤み赤くなっている。
そんな東雲が面白くてたまらなかったのだろう。万里にしては珍しく、破顔しながら肩を震わせていた。

「…もう、笑い事じゃねぇすっよ…」

言いながらも東雲の顔にも笑みが浮かんでいて。
こんな事をされても怒りよりももっとずっと、自然体な万里が見られた事の喜びの方が何倍も、大きいのだ。

ひとしきり遊び終えた後、万里が何処からか浮き輪を持って来た。
そうしてそれを東雲に被せると、再び海の中へと連れ出される。

「……あ、の…俺一応泳げるんすけど」
「ああ、知っている」
「まあ、楽だからいいですけど」

思わず微睡みたくなるような、ぷかぷかと浮かぶ心地好い感触。
ふにゃりと口許を緩ませていると突然、浮き輪に掴まっていた万里の姿がなくなった、というか突然潜ったのだ。

「へ」

一体なにを、と言う間もなく沈んでいた万里が、浮き輪の中へと再び顔を出して。…ああ、一緒に浮かびたかったのか、とぼんやりと考え納得する。

万里の持って来た浮き輪は、大人が二人ぴったりと寄り添ってちょうどいいくらいの大きさのそれだ。
なんの疑問もなく万里を招き入れる為に少し端に寄れば、万里は東雲を後ろから抱き寄せるようにして浮き輪を掴んだ。

「ぅええ…!?」
「なんだ、煩い奴だな」
「い、やいや…ふつーに流してましたけど、可笑しいでしょ。なんでオッサンふたりでこんな…」
「俺はまだオッサンなんて言われる歳じゃねーぞ」

――そんなこと、どうでもいい。
そう言おうとしたが、それこそどうでもいい事だと言う事に気付き、止める。
それよりもびったりと背中と胸板がくっ付き合い、息が首筋に掛かるような現状こそ、よほど重要であった。
甘えるように首筋に顔を埋められて、どうしようもなく胸が高鳴……、じゃなくて!!

「ちょ、こんな。流石にこれは…っ」

今まで万里に様々な事をされてきた。お陰で色々な耐性が付いたけれど、こんなにこっ恥ずかしい事は経験していない。こんな、普通のカップルがやる、コイビト同士、みたいなこと。

「これは?」

ガタイの良い男二人が入るには、ぴったりと隙き間なくくっつかなければ少し窮屈な浮き輪。少しでも身じろげば、肌が触れ合う箇所が増えて、自分の首を絞める事になるだけだ。
だというのに水面で足を絡まれて、戯れに東雲の指を食むように愛撫されて。

「……ッ」

何度、熱を孕めば良いのか。
単純なこの身体は、万里に弄くり回されたお陰で簡単に、昂ってしまう。
もう我慢出来ないと言った様子で、顔だけを万里の方に向け唇を重ね合わせるだけの軽いキスをすると、万里はその口づけの意図に気付いたのだろう、目を細め膝で東雲もモノを虐め抜く。
そうすれば呆気なく東雲は欲望を吐き出すのだった。

「…は…ぁッ、…俺…また…」

海の中で達してしまった羞恥と罪悪感。
けれどそれ以上に湧く幸福感に、東雲は無意識に目を細めながらぼんやりと自分を抱きしめる万里を見つめた。

「お前はほんと…」

――きっと、どうしようもない奴だ、と言いたいのだろう。

それでも自分を見つめる万里の瞳に宿る熱に気付けば、自分でも意識しない内に身体の内側に火がついたように、熱くなるのだ。
自分を見て興奮する万里が、欲しくて欲しくて堪らなくて、嬉しくて。

「へへ、ご主人様……」
「此処は屋敷じゃないぞ」
「………、」

ふにゃり。だらしなく口許を緩めて笑う。

「はい。……三宮さん」

その一言に、すべての想いを乗せて。
いつもの自分ならば絶対にしないような甘えるようなキスをひとつ、落とすのだった。

―――それから。
何時の間にやら眠ってしまったのだろう、東雲は未だ覚醒しきっていない頭で見慣れぬ天井をぼんやりと眺め、はてと小首を傾げる。

「……ここ、どこだ?」

どれだけ記憶を遡ってみてもすっぽりと抜け落ちた記憶が戻る気配はなく。恐らく自分を連れて来たのは万里であると見て、間違いないだろう。
個人が所有している無人島に、おいそれと他人が入り込めるはずもない。そもそも、自分みたいなオジサンをどうこうしようだなんて、そんな奴はいないだろう。

「てことは……」

恐らくここは、海の家のような役割をしていたあそこか…或いは、自分らが宿泊しているペンションのどちらかなのだろう。

体力に自信があるとはいえ、流石に何度も何度も身体を貪られ、もとより疲弊していた身体は東雲の限界を振り切ってしまったらしい。
申し訳ないという想いと、年甲斐もなくそれほどに獣のような交わりをしていたのかと思い知らされた羞恥により、思わず掛けていたタオルケットに顔を埋めた。
自分でも解るほどに顔中に熱が集まって、意味もなく顔を冷ますようにして手で扇げば、タオルケットと肌とが触れ合った刺激でだろう、ぴりぴりと痛む肌に思わず顔を歪ませる。

「……っ、…うわっ」

一体何事かと視線を遣れば、今まで気付かなかったのが不思議なくらいに赤くなった肌。元々色白な方ではないがそれにしても真っ赤なそれは見ていて痛々しいくらいで。
水の中にいたとはいえ強い日差しの下で半日を過ごし、肌にダメージを受けない筈もない。ここ数年忙しくてすっかりと遠のいていた日焼け、という感覚に思わず苦笑いを零してしまった。

「…はは…みっともねえ…」

意識すればぴりぴりと痛む肌。タオルケットを剥いでみれば、きっと水着の痕を残してくっきりとラインが出来ていることだろう。
いつからこうだったのかは解らないが、恐らく東雲の身体を清めたであろう万里にはこの有様をしっかりと見られているのだろう。
そう考えるとただでさえ特別綺麗でもない自分の身体が、尚更恥ずかしいもののように思えてしまって、東雲は複雑な感情が織り交ぜられた溜め息を漏らすのだった。

「ああ、起きたのか」
「……っ、…あ、ごしゅ…、三宮さん。…おはよう、ございます」

そんな時、ガラリと扉が開く音が耳に届き緩慢な動きでそちらに顔を向けると、其処には案の定というべきか、三宮万里その人の姿があって。
先ほどの羞恥を誤摩化すように思わず体勢を整えながらぺこりと一礼した東雲を、万里は面白いオモチャを見るような目で見つめ、くつくつと喉を鳴らした。

「…なんだ、もう身体はいいのか」
「えっ…、あ、う……はい」

万里の気遣うような言葉の意味するところを理解し、東雲の頬にカッと熱が籠る。
何度も咥え込まされた熱量も、腹いっぱいになるほどに吐き出された熱も―埋まっていた筈のソレがぽっかりとあいている違和感に、もの寂しさすら覚えるというのに。
シャワーを浴びた直後なのか、濡れたままの髪を頬に張り付けながら涼しい顔をしている万里に、まるで自分ばっかりが相手のことを欲しているようで東雲はただ頷くことしか出来なかったのである。

「…そうか」

自分をこんな風な身体にしたのは、間違いなく目の前の万里そのひとだというのに。
ふわりと柔らかい笑みで自分を見下ろし、まるで年下にするように優しく頭を撫でられてしまえば、東雲の口からはもう、文句のひとつも零すことが出来なかった。

それから、少しして――。
ベッドの上で珍しく穏やかな時間を過ごした後、東雲は万里に抱き上げられとある部屋へと連れて行かれた。
体格の良い東雲を軽々しくとまでは行かなくとも難なく抱きかかえるほどの万里の力には驚いたが、それ以上にガラにもなくときめきを覚えたことはどれだけ酔っ払っていたとしても万里に告げることは出来ない。
あまりにも、ガラじゃなさすぎると自分で解っているからだ。

「―――…う、わ…すげ」

万里に抱きかかえられたまま、そこから見える絶景に、口から毀れて来たのはそんな陳腐な台詞だけだった。人間、本当に感動すると単純な台詞しか出てこないというのは、どうやら本当のことらしい。

「滅多に見られるモンじゃねえから感謝しろよ」
「…はい、ありがとうございます」

万里のお気に入りでもあるのだろう、まるで自分が褒められた時と同じように、得意げに鼻を鳴らす万里。
子供じみたその反応を可愛らしく思うと同時に、これほどまでに美しい景色なら自慢するのも当然のように思われた。

個人の持ち物と思えぬほどに、広々とした大浴場は一面ガラス越しで。そこからの景色は圧巻の一言に尽きるだろう。更に大浴場から続く露天風呂からは、月明かりに照らされ幻想的に揺れる夜の海と、煌めく一面の星空が堪能できるのだ。

いつまでも眺めていたくなる美しい景色に、思わず感嘆の溜め息が漏れる。

「言葉だけかよ?」

その言葉から万里がなにを求めているのか察してしまい、思わず笑みを零した。
相変わらずブレないその姿勢に、それでも自分が決して嫌悪を覚えないことが可笑しくてたまらなかったのだ。

「……ん…」
「…っは、…湯船、いきましょ。風邪、引いちゃいますから…ね」

抱き上げられたまま首に腕を回し、どちらともなく口づけを交わす。
そうして耳元で熱っぽく囁いた東雲の誘いに万里は口元をゆるく吊り上げると、そのままゆったりとした足取りでそちらへと歩を進めるのだった。

元々タオルケットに身を包んでいただけの東雲と違い、簡単にだがシャツを着込んでいた万里。
仕立ての良いシャツはたっぷりと水を含みうっすらと肌色が透けていて、同性だというのに目のやり場に困ってしまうほどの壮絶な色気を含んだそれに、東雲は思わず頬を赤らめた。

「……ふ、なんだ。そんな顔して人の身体ジッと見てんじゃねえよ」
「み、…てなっ」
「見てんだろうが。…なんだ、もう反応してやがんのか」
「…っ!?」

あたたかい湯の中で、ぴったりと身体を重ね合わせて。
慌てて腰を退かせるが、時既に遅し。反応したそれは万里の腹を擦り当てていたらしい。

「……っ、ぁ…っ」
「…くくっ、一日で何回出せば気が済むんだ?」

くにくにと先端を軽く爪で引っ掻くように捏ねられ、思わず腰が跳ねる。
急所への刺激に、恨めしそうに睨みつける東雲の視線など構いもせず執拗な刺激を受けすっかりと育ちきったそこを揶揄するように爪で弾きながら、万里は東雲の真っ赤な肌をちらりと一瞥し、なにを思ったか指先で一撫でしてみせる。
そんな些細な刺激すらダメージを受けた肌は強い刺激として認識し、東雲に痛みをもたらして。思わず顔を歪ませ唸る東雲とは対照的に、万里は実に愉快げな表情で東雲の肌に舌を這わせた。

「…っ、…く、ぅ…」

ねっとりと舌を這わされる度、熱を持った肌がぴりぴりとした鈍い痛みを与える。
それと同時に迫り上がって来るもどかしい熱量に、東雲は堪らなくなって万里の方へと手を伸ばし、そうして自分の痴態により高められたソレへと指を這わせるのだった。

湯船の縁に腰をおろし、均整のとれた裸体を惜しみなく星空の下に晒している。
芸術とすら思えるほどの完成された美しさに、同じ男として抱くのは嫉みや妬みなどの複雑な心境すら超越した、一種の感動すら覚えるほどのそれで。

「……ん、…っ、ちゅ…」

吸い寄せられるように中心に猛る雄の象徴に舌を這わせれば、刺激をあたえる度に筋肉を纏った下腹部が強張り、筋肉質な太ももがぴくりと震える。
それらを視界にみとめながら、東雲は自らの咥内に広がっていく苦く喉に絡み付く快楽の証に目を細め、更に搾り取るかのように強く吸いながら先端を舌で抉るようにして舐めとった。
そうすれば更にピクンと強張らせ小刻みに揺れた万里の身体は、今にも限界が近いことを雄弁に物語っている。
悩ましげに揺らぐ睫毛が影をつくり時折漏れる熱い吐息が堪らなく扇情的で、たいして触れられてもいない筈の身体がズクン、と熱を滾らせていくのがわかった。

「……っ、く…、ぁ…っ」
「…う…っ、…げほっ、…ぐ…っ」

だんだんと苦しげな、低く唸るような吐息まじりの声に艶が混じり、無意識に腰を前後させながら、万里は東雲の後頭部を掴む。
そうすれば東雲は喉奥を突かれ、苦しみに瞳に涙の膜を張らせながら嘔吐くが、時折苦しげに蠢く東雲の舌すら万里には快楽にしかならなくて。

「……はっ、…いい、ぞ…」
「…ぅ、…ぁ…」

だというのに苦しみを覚えれば覚えるほど、東雲の身体は熱を昂らせていく。
湯に身体を浸からせながら前傾姿勢で万里のものを慰めている東雲のそれは、すっかりと熱を滾らせ腹にくっつく程に成長していた。

浴槽の縁に腰掛け、そんな献身的な東雲の姿を見下ろしている万里にはぴったりと閉じられた両足の隙き間から東雲の屹立したそれが顔を出している姿がくっきりと見えていて。
誤魔化しようもない欲情しきったその姿に、くつくつと喉を鳴らしながら美味しそうに自らのものを口に含んでいる東雲の頭を撫でてやる。
そうすればそれだけで東雲はへりゃりと目じりを下げて笑うものだから、胸に広がったくすぐったいけれど、不思議と嫌な気分ではないそれを誤魔化すようにまた、東雲の頭を掴んで昂った自身を深く咥え込ませるのだった。

♂ ♂

星空の下、感嘆の溜め息しか漏れないような絶景を二人占めしながら、年甲斐もなく熱くなってしまった二人は、貪るように身体を重ねあわせて。

ただでさえ体力を使い果たし疲れ果てていた身体は、体力の消耗が激しい湯の中で本日何度めかもわからぬ吐精を行い、二人はリビングのソファでだらけていた。
東雲が奉仕をし、いつものように責め立てられガツガツと腰を打ちつけられ欲望を吐き出されたと思えば、そのまま腹の上に股がった万里により達する寸前だった東雲のものが飲みこまれていき、万里の中に精を吐き出して。そんなことを繰り返しているうちに、ついに逆上せてしまったのだ。

東雲の疲れを癒すための旅行、だった筈だが、ただ欲望のままに互いの身体を貪っているだけのような気がしなくもない。
それでも、こうして万里と二人きりで屋敷の中では体験できなかったようなことをして、そうして身体を重ねあわせて。好意後のダルさすら、東雲には幸せのひとつのように思えた。

「……、ふ…っ」

ぼんやりと染みひとつない天井を眺めていればシンとした空間にぐう、と小さく空腹を告げる悲痛な叫びが響き渡って。
それが自分から発せられる音だと気付いた東雲は決まりの悪そうな顔で、吹き出した万里の方を照れ隠しのように睨み付けて、それから。

「………良ければ一緒に、作りませんか。料理」
「…仕方ねえな、特別だぞ」

屋敷の中なら、絶対に有り得ないであろうその言葉を投げかけていた。

「……へえ。手際、いいんですね」
「…別にこれくらい普通だろう」

包丁を片手に、手慣れた手つきでクルクルと野菜の皮を剥きながら万里はそう短く言葉を返す。
相変わらずなんでもソツなくこなす万里に笑みを零しながら、東雲も自らの作業をこなしていく。広いキッチンでふたり肩を並べあって料理を作って。
そんな些細なことが、すごく幸せだった。

「三宮さんにも似合わないものはあるんすねえ…」

思わず、といった様子でぽろりと零したその言葉。
お揃いのエプロンは万里には似合わなくて、頭からつま先までじろじろと眺め過ぎていたのだろう、キッと睨み付けられてしまう。

「うるせえよ」
「……ははっ」

吐き出すような文句も、睨み付けらる鋭いはずの視線すら、何だかくすぐったくて。
こんな軽口も、屋敷の中で交わしてしまえばきっと全く違った展開になるだろう。こんな風に、穏やかでただ幸せな雰囲気にはならなかった筈だ。

「………なんだか、」

まるで、新婚さんみたいだ、なんて。
思わずぽろりと口から毀れかけたその言葉を、慌てて飲みこんで。
隣で怪訝な顔をしながら東雲の方を見つめてくる万里にただ、へにゃりと情けない笑みで誤魔化すことしか出来なかった。

――やがて。
部屋中に美味しそうな匂いが立ちこめ、東雲は完成した料理をずらりとテーブルへ並べていく。
万里はといえばとっくに役目は終わったとばかりに椅子に着座しており、優雅に足を組みながら珈琲を啜っていた。

「…ご飯の量、これくらいでいいっすかね」
「ああ、任せる」
「はい」

いつも食べているような専門家が作っている料理には程遠い、見た目からして男が作ったという事がわかる、大雑把なもの。野菜はごろごろとしていて、少し濃いめの味付け。それは、決して不味くはないが特別美味しくもない。

「さんきゅ」
「…はい」

けれどこうして二人で作ったという事実と、目の前で目を細めて咀嚼する万里の姿を見れば、目の前のそれは一気にご馳走へと変わる。
焼き魚を器用に解体していく万里の淀みのない箸使いは優雅そのもので、育ちの良さがにじみ出ているかのようで。
ぼんやりとその姿を眺めていると、自分の手元に向けられた痛いくらいの視線に気付いたのだろう、万里は穏やかに口元を緩ませ、東雲の前の皿を掴んで、自分のものと同じように魚を解体していった。

「ほらよ」
「……え、あ…ありがとう、ございます…?」

そうして返された皿には、食べやすいように魚の身だけになったそれ。
どうやら自分のものもやって欲しくて見つめているように思われたらしく、東雲は思わず乾いた笑みを零すしか出来なかった。
万里ほど上手ではないが、魚も解せないほど箸の使い方はヘタクソではない。まるで子供のような扱いに、どういう反応を返していいか解らなかったからだ。

「くくっ、…不本意そうな顔してンな」
「そりゃ…この歳になってまで魚の身をほぐして貰うなんて思ってもいませんでしたし…」
「…ふ、米粒つけて何言ってんだよ」
「……へ」

思いもしない言葉に、間抜け面を晒して固まってしまう東雲。
そんな東雲に、万里は行儀悪くテーブルの上に身を乗り上げると、東雲の唇に噛みつくようなキスをしたのだった。

「……っ!?」

突然の口づけに目を見開き、けれど抵抗することはしない東雲。
万里は仕上げとばかりに唇の横にちょこん、と乗った米粒を一粒舌で掬い取って、にたりと笑みを零してそれから。

「ご馳走さん」
「……~~っ!?!?」

再び唇を重ね合わせ、口に含んだままの米粒を東雲の口へと押し込んだのであった。

「何今更こんな事で赤くなってンだよ」

顔を紅潮させ、唇を戦慄かせたままの東雲に対して、そんなからかいの言葉を投げかけて、素知らぬ顔でまた、目の前の料理を咀嚼していくのだった。
後に残された東雲の混乱など、知ったことかという様子で。

♂ ♂

洗い物を済ませた東雲は、疲れきった身体を休めるべく寝室へと向かう。
今日一日散々東雲を振り回した万里は、とうの昔に寝室に居るはずで。一緒のベッドで眠る事は初めてではないはずなのに、場所が違ってしまえばこうも気分が違うものなのか。
寝室へと一歩歩を進める度、東雲の胸は煩いくらい鼓動を鳴らしていた。

「おっせえ」

開口一番、告げられたのは文句の言葉。
広いベッドのど真ん中に居座りながら読書をしていたらしい万里は、入り口付近で立ち尽くす東雲の姿をみとめ、少しだけ横に身体をずらした。

「……す、すんません」

何故怒られないといけないのか、理由もわからぬままについ慣れた謝罪が口から零れ落ちていて。

「来いよ」

パタン、とタイトルに外国の文字が書かれている小難しそうな本を閉じて、乱雑にベッドサイドテーブルへとそれを置いた万里が、隣へと東雲を誘う。
その言葉に覚悟を決めた東雲はゆったりとした足取りで、誘われるがままにベッドへと侵入し、そして――。

「明日、寝坊すんじゃねーぞ」

額に軽く口づけられ、まるでぬいぐるみを抱き締めるように抱き寄せられて。逞しい万里の胸板に顔を擦り付けさせるようなポジションを取られてしまえば、身じろぐことしか出来ない。

「おやすみ」

穏やかな声色が、頭上から降り注ぐ。
大の男ふたりが身体を擦り寄って眠るなんて、むさ苦しい以外の何者でもないはずなのに。
力強い腕の中に抱き込まれ、穏やかな幸福が東雲の胸に広がり、思わず口が緩んでしまうのも仕方のないことだろう。

それにしても。
アッサリと眠ってしまった万里に何処か肩すかしを食らった気分になってしまった東雲は、覚悟していた自分が馬鹿馬鹿しい、と暫く悶々とした思いを抱きながら、暫く眠りにつくことが叶わなかったというのは、また別の話である。