主鈴

俺を高みに導くすらりと細長い指先は書類をなぞっていて、いつもは意地悪めいた笑みを浮かべている口元はキュッと閉じられている。軽薄さを含んだ瞳は、今や真剣そのもので書類を見つめていた。

――正直に言えば、それがどうしようもなく面白くない。

いつもみたいにその瞳を自分へと向けて欲しくて、部屋に呼ばれたというのにこうして放ったらかしにされている事が酷く詰まらなくて、座り心地の好さそうなソファーからむくりと立ちあがると、ゆっくりと万里の方へと歩を進めていく。

「ご主人様、暇なんですケド」

飽くまでもなんともないような言い方で、鈴木は椅子の背もたれ越しに抱きつけば、万里はこちらも見ずに鈴木の頭を一撫ですると、そのまま作業の続きへと戻ってしまう。

「…ちぇ」

――トーリならば、もっと上手く甘えられただろうか。否、もっと素直に構って欲しい、と口に出来たかもしれない。
けれどそれを口にするには少しだけ自分の中での勇気が足りなくて、恥ずかしさから素直になれなくて、鈴木はただ撫でられた頭が熱を持つのを感じながら、万里の首筋に鼻を押しつけるようにして、顔を埋めたのだった。

最近この匂いと本人の態度とは裏腹に温かい身体に触れ、ひどく安心する自分がいることに鈴木は気付いた。気付いてしまった。
首筋の鼻を押しつけると鼻腔をくすぐるご主人様だけの匂いに、ホッとする。
自分以外の匂いと混じったご主人様の匂いを嗅いだ日には、ずんと心が重くなるのだ。自分はただの一介の執事でしかないのだと、こんな思いを抱いてはいけないのだ、と思い知らされているかのような気持ちになる。

「…おい」
「……はい?」

万里の肩に腕を回し、ぼんやりと物思いに耽っていると、突然万里がこちらに振り返り、腕を掴まれる。

「わ」

なんの心構えもしていなかった鈴木の身体は簡単にバランスを崩し、そのまま万里の膝の上へと転んでしまう。
突然なにを、と口を開く前に、万里の手が髪に触れ、鈴木は思わず目を開いたまま少しの間硬直してしまう。しかし、あまり変化のない鈴木の表情とは裏腹に、心はざわざわと煩くざわついていた。

「……なん、ですか」
「…鈴木。お前の髪が当たってくすぐったいんだが」
「………それはっ、失礼しましたね…っ!」

――ああ、ほら、また。
動揺しているのは自分ばかりで、万里はいつだって余裕めいた態度を崩さない。いつだったか、少しの感傷と賭けで自分の義父のところへ行った翌日、万里の元へ顔を出しても、彼は仕事場に現れた俺を一瞥しただけで、なんの感情も浮かべてはくれなかったのだ。

期待していた自分が馬鹿だったのだと、何処へぶつければ良いのかわからない怒りと羞恥に、その勢いのまま万里の膝の上から腰を上げようとすれば、何故だか腰を掴まれ、それも構わない。

「……一体なんですか」
「おい、鈴木。お前まさか俺の仕事の邪魔をしておいて、タダで済むとは思ってないよなあ?」
「……冗談、も…ほどほどにしてください…よ」

まだ熱を持っていないそれを執事服の上から撫でられ、与えられる熱に慣れきった身体が否応無しにぶるりと震える。

「冗談?あいにくだが、俺は冗談が好きじゃない」
「……っ、ふ…っ…書類…汚れます…よっ」
「そんなものどうでも構わない」

――さっきまであんなに熱心に見ていたくせに、構わないだなんて冗談ばかり。
尻に感じる自分以外の熱に、脇腹を、胸を、首筋を撫で上げていく手のひらに、否応無しに引き出させられた熱。

「……さすがに早いな」

直ぐに反応を示した自身に、万里は揶揄するように笑う。
鈴木はそんな自分の浅ましい身体が恥ずかしくて、ただ俯くしか出来なかった。

「…ふ、ぅう…っ、ご…主人、様…っ」

いつしか鈴木は、万里の上に乗っかり身体を串刺しにされたまま自ら身体を揺らしていた。
ゆっくりと身体を揺らしても、突き刺された圧迫感に唇が戦慄き、鈴木は思わず万里の胸に縋り付くように頬を寄せる。

「誰が休んでいいと言った?」
「……っ」

少し休憩するように自らのものよりも厚く堅い胸板に頬を寄せ、最奥を突かれる圧迫感にハァハァと荒く呼吸を繰り返していると、万里にせっつかれてしまい、鈴木は力の入らない身体を叱咤し、また胸板に手のひらをつけ、腰を前後する。

「ふ…ぐ…っ、ぁあ…っ」

口からはだらしなく唾液が零れ、シャツを押し上げるようにして主張する自身も口をパクパクとさせながら先走りを走らせていて。
万里は鈴木の真っ白く細い足を掴むと、そのまま鈴木の身体を前後に揺らした。

「……っ!!!」

突然の他者からの刺激に、じれったい刺激をたえず与え続けられていた鈴木の身体は、それを貪欲に受け入れ、その刺激に堪えようと、ぎゅうっと万里の首に腕を回し縋り付く。

「……あ…っ、ぁ…っ」

万里が腰を打ちつける度、堪えず鈴木の口から漏れる甘い嬌声に、万里は満足そうな笑みを口元に携え、更なる深いところへと鈴木を誘い込むように、腰の動きを激しくさせたのだった。

部屋に充満したオスの匂いに、いつかの猫ウイルスの時の事を思い出し、鈴木は心の中で激しく駆使した身体を労る。

「……どんだけ…出したんですか…」
「あ?」
「腹んナカたぽたぽなんですケド」

ナカに万里のものを迎え入れたまま、鈴木はそう非難する。
蓋をしていないと溢れてしまいそうなくらい、鈴木の中は万里のもので満ちていた。

「ふん、構ってもらえて嬉しいだろう?」
「……なっ、俺は別に…」

図星を指摘され、思わず赤らんでしまう顔。
反射的にキュウッと締め付けを強くしてしまうその反応に、万里はまた笑う。

「……ふっ、わかりやすいやつだな、お前」

どうにもこの男には敵わない。
口ではなにを言っても無駄だと理解した鈴木は、その言葉には答えずに万里の腕を掴んで口元へと引き寄せた。

「……はむっ」
「…なにをしている、鈴木」

万里の指先を口内へと誘い入れ、薬指に軽く歯を立てる。
そうして噛んだところを舌でぺろりとひと舐めし確認を終えれば、満足げに口元を緩ませながら、指を引き抜いた。

「………ナイショです」

てらてらと唾液で光る万里の細長い指。
その妙技で、カリスマ性で、鈴木以外の執事をも魅了する男。

そう、これはほんの小さな独占欲。日にちが経てばすぐに消えてしまうであろう、なんの意味も無い自己満足。

だけどそれでも――
ご主人様の薬指にくっきりと残った自分の歯形が、口に出せない意気地のない俺の小さな独占欲の証なのだ。