陣さん生誕祝い【くぜじん】

「すっかり冷え込んで来たな…」

白い息を吐きながら帰路につく。
少しでも寒さを和らげようとマフラーに顔を埋めるが、容赦なく吹き付ける風はそんな佐々木のささやかな抵抗を鼻で笑うように勢いを増していくばかりで。

「寒ぃ」

短く言葉を吐き出して、コートを掻き抱くように握りしめ足早に駅へと急いだ。

納期が迫っているが、どうにも現場先との連携が上手くとれず作業が遅れがちだった。最近はこうして終電ギリギリの電車に駆け込むなど、ザラである。下手をすると終電を逃すこともあるくらいだ。
それに比べアイツの時はやりやすかったな。などと、数ヶ月前に偶然にも幼馴染の仕事先が現場になった時のことを思い出す。
もちろん現場にはやりやすい現場とやりにくい現場がある。やりにくい現場というものも、今まで何度も体験しているが、やはり何度体験しても出来れば次はもうやりたくない、と思う程度には心身ともに疲弊するもので。

とりあえず今はなにも考えずに早く家に帰って熱い風呂にでも入りたい、と憂鬱な佐々木の気持ちとは裏腹に、もうすぐ日付も変わるというのに街は人で溢れかえっていた。
土曜の夜だからか、それとも時期的なアレか、はたまたそのどちらもなのか。行き交う人々はそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。
酒が入っているのだろう、楽しげに鼻歌まじりで店をハシゴしている集団や、壁に寄り掛かって退屈そうに携帯を弄っている若者、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいにベタつくカップルたち、佐々木と同じように何処か疲れた顔で帰路につくものもいたりと忙しない。

「……、やべえな」

腕時計を眺め、ぼそりと呟いた。もたもたしていると終電を逃してしまうだろう。
少しでも近道を、と人通りの多い表通りを避け、ひっそりとした路地へとまわる。

ひっそりと営業を続けている数軒並ぶ、小汚い店。そこそこ繁盛しているのだろう、がやがやと賑わう店中は楽しげな雰囲気を醸し出している。ふわりと漂ってくる匂いに空腹を思い出したのだろう、腹が情けない悲鳴をあげて。

「……」

一瞬、このまま空腹を満たすためにふらりと店に立ち寄ってみるのもいいのでは、との想いに駆られるが、直ぐに思いなおす。
そうして誘惑を振り払うようにして首を振ると、駆け足に路地裏を抜けて行く。…近道の筈が、とんだ足止めを食らうところだった。

駅に着き、電光掲示板を確認する。そうして携帯で路線案内の画面を眺め、そこに表記された時間を視界にみとめると、ようやく佐々木はほっと息を吐くのだった。

「……この時間なら、乗り換えもそんなに待たされねぇっぽいな」

家に着く頃には1時を過ぎるだろうか。
幸い明日は休日だし、久しぶりに一日家に引きこもっていようか。
ぼんやりと思案に暮れているうちに到着した電車に乗り込めば、土曜だからか1両にぽつぽつと人が座っている程度だった。
あまり座り心地のよくないロングシートに腰をおろし、短く息を漏らす。程よく暖房の効いた車内は、冷えきった佐々木の身体を暖めてくれる。漸く一息ついたのだ、電車の揺れに眠気を誘われ、気を抜けば直ぐにでも眠りについてしまいそうだった。

「……?」

直ぐにでも落ちてくる重い瞼と格闘していると、不意にポケットに突っ込んだ携帯が振動する。
こんな時間に、誰だ。もしかしたら仕事の関係かもしれない。と、佐々木は無意識に顔を歪ませながら、画面を確認して思わず目を開く。

「……貴裕?」

画面にはメールの着信を知らせるテロップ。そこに書かれた名前に小首を傾げた。
別に、差出人自体はそう珍しいものではなかった。佐々木の幼馴染—久世貴裕はマメな性格であり、こうしたメールのやり取りは頻繁にではないにしろ、同年代の男友達同士に比べれば多い方だと思う。
比較対象がいないので、飽くまで推測にしか過ぎないが。

一体なんの用事だろうか。
不思議に思いながらも、メールを開けばそこに書かれていたのは――。

「……、ああ、そうか」

文面を読み終わると佐々木は短く、言葉を漏らす。
メールは佐々木の体調を気遣う、久世らしい文面だった。そして文末には、佐々木が生誕したことに関する感謝と、祝いの言葉。

その文字を見てはじめて、佐々木は今日が自分の誕生日であるという事実を思い出したのだ。この歳になれば、学生時代のように誕生日を祝って貰うという機会が少なくなってくるし、自分も重要視していない。
その日になれば、なんとなくああ、もうそんな時期か、とぼんやりと思うだけだ。

けれど――やはりいくつになっても祝われれば嬉しいものなのだ。
佐々木は今ここがガラガラの電車の中だということに感謝した。

きっと、自分はいまひどく情けない顔をしているだろうから。

短い感謝のメールを返し、携帯をポケットへと戻した。

先ほどまでの憂鬱な気持ちが嘘のように、ほんわりとした温かな気持ちがじんわりと胸いっぱいに広がっていく。

言葉ひとつでこんなにも幸せになれる。きっと、自分の幼馴染は魔法使いなのだ。そんならしくない事を考える程度には、浮かれている。

きっと今日はいい誕生日になるだろう。そんな予感にフッと口元を緩ませ、ゆったりと瞳を閉じた。
今ならきっと、いい夢を見られるような、そんな気がして。

* * *

「……ん…」

佐々木を起こしたのは、またしても携帯のバイブ音だった。
ポケットの中で震える振動に佐々木は小さく呻き、瞼を縁取る長い睫毛を微かに震わせ、ゆっくりと目を開いた。…少しだけのつもりが、随分と深い眠りについていたらしい。

幾分かスッキリとした身体を伸ばし、佐々木は辺りをキョロキョロを見渡した後、欠伸を噛みしめながら寝起き特有のぼんやりとした目で窓の外を眺めた。
もしかしたら寝過ごしてしまったのではないか、という焦燥感を抱き、無駄に辺りを見渡してしまう。
ガラリとした車両には、佐々木の他にもうひとりの男性しかいなかった。

真っ暗な景色の中を、時折街灯や家の光が流れ、電車が今何処を走っているのか、把握することが出来ない。
次の駅につくのを待つしかないか。諦めの溜め息を漏らしそういえば、と着信を知らせ震えていた携帯の存在を思い出す。
多分貴裕からの返信だろうと思いながらも手持ち無沙汰の僅かな時間を潰す為に画面を眺めれば、予想外の文字が並んでいた。

「……電話?」

数十分前に、着信があった事を知らせるテロップと、それから先ほど佐々木を起こした時のものであろう、メールの着信を告げるものが1つずつ。
どちらも久世からのもので、電話をしてくるぐらい何か急の用でもあったのだろうか、と小首を傾げる。
もしもそうなら、悪い事をしてしまった、と思いながらメールを開けばそこに書かれたのはシンプルな一文だった。

『今どこにいるの?』

恐らく電話の用件もこれと同様なのだろう。返信しようとして、車内にアナウンスが流れ、思わず顔を上げる。
ここ1ヶ月ですっかりと聞き慣れた駅の名前。自分が降りる駅の1つ前の駅だ。どうやら乗り過ごしていた訳ではなかったらしいと分かると、ほっと安堵の溜め息を漏らす。
そうして再び携帯画面へと視線を落とすと自分が電車に居ることと、眠っていて電話に出られなかったことを詫びる内容のメールを送り返したのだった。

駅に着くと、慣れた足取りで乗り換えの電車へと乗り込んだ。
どうやらこの電車が最終電車のようで、腕時計を眺めると小さく溜め息を吐いた。…やはり、どう頑張っても家に着くのは1時を過ぎてしまうようだ。

「……お、貴裕からメール」

謝罪に対する返信と、労りの言葉。それから何か用事だったのかという質問に対しては、なんでもないとはぐらかされてしまった。
やはり急用で、今からではもう遅い用事だったのだろう。今度会ったら詫びでもしないとな…なんて事をぼんやりと考えながら、聞こえて来るアナウンスに佐々木は漸く最寄り駅へと帰って来たとまた溜め息を漏らしたのだった。

駅から十数分。其処に佐々木の家はある。
時間が時間なだけありひっそりとした住宅街を歩き、漸く視界に入って来た我が家。
その前に見慣れぬ人影を見つけ、思わず顔を顰めた。
男か女かの判断は出来ないが、こんな時間にぽつんと立ち尽くしながら家と辺りとを見比べているなんて、明らかに不審者だろう。

近づくのを、躊躇いその場に立ち尽くすが、いつまで経っても移動してくれる気配はない。
早く何処かに行ってくれないだろうか。疲れ果てた身体は今直ぐ休息を必要としていて、あと少しで家に帰れるというのにこんな場所で足止めを食らうことがひどく煩わしくて。

不審な影には気付いていない振りをして、コツコツと普段よりも大きめな靴音を響かせながら近づいていったのだった。
誰が目的かは知らないが、自分に気付いて逃げ去ってくれるのではないか、と期待を込めながら。

けれど。

「陣!」

近づいてみれば、そこにいたのは見慣れた…けれど、此処には決していない筈のその人だった。
近づいて来た佐々木の存在に気付くと、久世はパッと表情を明るくしながらこちらへと駆けて来て。

「……、…貴裕?」

思わず目を大きく見開き、何度も瞬きを繰り返す。
何故、どうして。頭のなかで、そんな疑問がたえず巡っていた。

「随分と遅い帰りだったね。仕事、大変なんだ」
「ああ…納期が近いからな」

と、無意識に普通に会話を返してしまっている自分がいる事に気付き、そうじゃない、と首を振る。

「どうしたんだ、こんなところで」
「…うーん」

――その前に、とりあえず家入れて貰ってもいい?

微笑とも苦笑いともつかぬ笑みを浮かべながら、久世はコテンと小首を傾げながらそう返したのだった。

家の中へと久世を招き入れ、佐々木は愕然とした。
いつからあそこに立っていたのだろう、荷物を受け取る時に触れた久世の手がひどく冷えきっていることに気付いてしまったからだ。頬と鼻も赤く染まっていて、痛々しかった。

「…いつからあそこに…」
「うーん…、いつからだったかな。でも、そんなに大した時間じゃないよ」

——だから大丈夫。

ふわりと笑う久世に、そんな訳がないと佐々木は理不尽な怒りが湧いて来るのを感じた。

どうしてもっと自分を大切にしてくれないんだろう。人のことは必要以上に干渉して、世話を焼きたがるくせに。
どれだけ口を酸っぱくして自分を大切にしろと、根詰めるなと言ったところでいつだって久世は、そんな佐々木を嬉しそうな笑顔を浮かべながら、ありがとうとお礼を述べるだけで行動にうつそうとはしてくれない。
そのくせ人を世話焼きだと、心配性だと笑うのだ。

「……なんで帰らなかったんだ」
「帰りたくなかったから」
「どうして」

短く言葉を返す。

「…陣の誕生日、一番にお祝いしたかったんだ」
「貴裕が一番だったぞ」
「メールだけじゃなく、ちゃんとお祝いしたかったんだ」

困ったような笑みと共に告げられる言葉に、胸がざわつく。
自分の中で其処まで重要視していなかった誕生日というものが、突然特別なもののように感じて、幼馴染の言葉が嬉しくて。どうしていいのかわからなかった。

「帰って来てくれて良かった。でも、陣は凄く疲れてるみたいだね。押し掛けちゃって、ごめん」
「いや、そんなの……お前が悪い訳じゃねえだろ」
「うん、ありがとう」

なんてことない言葉でも、嬉しそうに笑う久世に佐々木もふにゃり、と口元と緩ませる。

「あ、そうだ。おかえり、陣」
「ああ、ただいま」

なんてことない挨拶が、どうしてだかくすぐったい。
何気ない一瞬に幸福を覚えてしまうのは、きっと迎えてくれる、帰る場所があると実感出来るからだろう。
待っていてくれる人がいるからこその、挨拶。むず痒い感覚が少し照れくさかった。

「今ヒーターつけるから、待ってろ」
「うん、ありがと」
「飲み物は珈琲と紅茶、どっちがいい?」
「陣と同じのがいい」
「…そうか、分かった」

リビングのソファに腰掛けながら、ふにゃりと笑う久世に佐々木は微笑みを返し、キッチンへと向かう。
そうしてヤカンを火にかけヒーターの電源をつければ、ひんやりと冷えきった部屋がゆっくりと熱を取り戻していく。
やがて、けたたましくヤカンが音を響かせ、沸騰したことを告げて。悠揚な手つきで火をとめ、茶をいれると自分の分と久世の分と、ふたつを用意しテーブルへと運んだ。

「なあ、貴裕」
「うん?」

ひっそりとした室内に、テレビから流れてくる芸人の楽しげな笑い声が響きわたる。ぼんやりとテレビを眺める久世に、佐々木は声を掛けた。

「今度はこんな事がねぇように、これ持ってろ」
「これ、鍵?僕が持ってていいの?」
「外であんな風に待ってられるより、ずっと良い。あんな無茶して、風邪引いたらどうすんだ」

不思議そうにこちらを振り返る久世に、予備としてリビングに置いてある合い鍵を放り投げればそれは綺麗な放物線を描いて、久世の手のなかへと吸い込まれる。

「相変わらず陣は心配性なんだから」
「…ならもうちょっと自分のこと大切にしてくれ。俺の為にも」
「うーん…これでも自分の限界は分かってやってるつもりなんだけど」

だからこそタチが悪いのだ。これで限界をこえて倒れでもすれば、まだ無理やり言い包めて休ませることが出来る。
けれど、久世は自分の限界を知っているからこそ瀬戸際を見極めつつ無茶をする。

「……知ってる」
「ふふ、ありがとう陣。すごく嬉しい」
「ああ、無くすなよ」

そうやってひどく嬉しそうに笑うから恨み言ひとつ、言えやしない。
変わりに口から出た言葉は結局、そんなどうでもいいような言葉だけだった。

「……あ、そうそう。実はケーキ買って来たんだ」
「お、わりぃな」

すっかり忘れるところだった、なんて照れくさそうに笑いながらケーキの箱を取り出して来た久世。
箱を開けてみれば、ワンホールの大きなケーキが鎮座していた。…明らかに、二人分にしては量が多くて。

「……食べきれるのか、これ」
「うーん、多分?」

綺麗にデコレーションされたケーキの上にちょこんと乗った、『陣、誕生日おめでとう』の文字。

「そういやさっき玄関でなんか袋置いてたけどアレはいいのか?」
「あ、うーん…じゃあ冷蔵庫借りていい?」

頷く佐々木に短くお礼を言うと、久世は玄関へと持って来ていた袋を取りに行き、そのままキッチンへと向かう。
そうしてなにやら冷蔵庫をガサゴソと弄くる音が聞こえてきて、一体どれだけの量のものを持って来たんだとまた苦笑いを零した。

「…もう済んだのか?」
「うん。あ、ケーキ今食べる?食べないならそれも冷蔵庫閉まっておくけど」
「折角持って来てくれたんだし食う。お前はどうする?」
「…じゃあ僕も1つだけ貰おうかな。お皿持ってくるね」
「ああ、さんきゅ」

気安い台詞。家主に尋ねなくとも何処に何があるのか分かっているところから、何度も家を訪れていることが伺い知れた。

「ロウソクもあるよ、年齢分」
「穴だらけになるな」
「ふふ、じゃあ太いやつと細いやつにする?」
「任せる」

少しして。キッチリ人数分さされたロウソクに、火がつけられる。
久世に見守られながら、佐々木はロウソクの火に息を吹きかけた。

「わ、すごい。一回で全部消せたよ、陣」
「…子供扱いすんなよ」

ぱちぱちと胸の前で手を叩かれ、なんとも微妙な気分になる。
そんな佐々木に気付いたのだろう、久世はふにゃりと困ったように笑ったのだった。

「陣、これ食べたらもう寝る?」
「あー…でもそうするとお前が暇になんだろ」
「僕のことは気にしないで大丈夫だよ。疲れてるんでしょ?邪魔したくないから、陣が寝た後にでもこっそり帰るから」
「今から帰ると…もう遅いだろ。泊まっていけばいいじゃねえか」
「え、いいの?」

キョトン、と小首を傾げながら尋ねられ、逆にこっちが驚いてしまう。
こんな時間に尋ねてくるものだから、てっきり泊り込むものだと思っていたのだ。

「最初からそのつもりだったんじゃねえのか?」
「うーん。でも陣疲れてそうだし、一回帰ってお昼ぐらいに仕切り直ししようかなって」
「なら泊まってけよ。また来る方が手間だろ」
「うん、ありがとう」

お礼を言われるような事じゃないと言えば、またその事にも礼を述べられ。
自分好みのものを選んでくれたのであろう、甘過ぎないケーキ。空腹だったこともあり、気がつけば2つも平らげていた事に佐々木は驚く。
佐々木がケーキを口に運ぶ度、嬉しそうにこちらを眺めていた久世の姿が少しだけ照れくさかったが、穏やかでやさしい時間だった。
それこそ仕事で疲れていたことも忘れてしまいそうなくらいに。

「ねえ、陣」
「ん?」

男二人が並ぶにはすこし狭いキッチン。
すこし身じろぐ度に腕がぶつかり合い、その度にむず痒さを覚える。
洗い終わった皿を手渡せばなぜか手首を掴まれ、目を見開いた佐々木に構わず、久世は真剣な眼差しでこちらを見つめて来た。

「来年も再来年も、ずっとこうして陣のことお祝いしたい」

それは一体、どういう意味なのか。
きっと、言葉通りの意味なのだろうけれど。
下手をすれば勘違いしてしまいそうな物言いに、思わず頬に熱が籠る。

「陣。これから先もずっと陣の誕生日を一番に祝わせて。陣の特別な日を、僕にちょうだい」
「それは…一番の、プレゼントだな」

――誕生日の日に一日中貴裕とふたりで過ごして、一緒に笑い合って。
それは、なんて幸せな誕生日だろう。想像して、思わず口元を緩ませた佐々木に、久世もふわりと笑った。

「楽しい一日に出来るように頑張るからね」
「……何もしなくていい。貴裕といれるなら、それで十分だ」
「ふふ、嬉しいけどダメだよ。僕が、陣にもっともっと尽くしてあげたいんだ。簡単な料理とか材料は持って来たから、明日は楽しみにしてて。…あ、もう今日かな」
「…だからあんなにでっかい荷物抱えてたのか」
「アレもコレも、って考えてたら楽しくて色々増えちゃったんだ。本当は晩ご飯にでも、って思ったんだけどね」
「…わりぃ」

きっと、一日準備していてくれてたのだろう。
けれど実際うちに来てみれば俺は留守で、それでも一番に祝いたい、という願いを叶える為にずっと待っていてくれていたのだと分かる。

「僕が勝手にしただけだよ」
「手伝う」
「それじゃあお祝いの意味がないじゃない。陣はただ座っててくれれば良いんだよ。…ふふ、楽しみだね」
「……ああ」

まるで子供のように無邪気に笑う久世に、佐々木も柔らかく笑みを返したのだった。

――どうやら今年の誕生日は、すこし特別な日になりそうだ。
今年だけじゃなく、来年も再来年も、これから先もずっとずっと隣にいられるのだと思うと、嬉しい筈なのにどうしてだか泣きたくてたまらなくなった。

「ありがとな、貴裕」
「うん」

短い言葉に、溢れんばかりの感謝の気持ちを込めて。
いつまでも掴まれたままの手首が、じんわりと熱を持つ。そろそろ話してくれ、と口を開こうとした、次の瞬間、腰を抱き寄せられ、思わずよろけてしまった。
必然的に寄り掛かる体勢となり、慌てて身体を離そうとするがガッチリと腰を掴まれ、離れることはかなわない。

「貴裕…?」

大の男二人が抱き合っているなんて、きっとひどく見苦しい絵面だろうに。
ゆったりと近づけられる顔に、反射的に目を強く瞑ってしまう。

「…っ」

息がかかる程の距離まで近づかれて、心臓が今にも暴れ出しそうだ。
きっと向こうにも聞こえているのだろうと思うと、カッと頬に熱がこもった。
けれど、どうしてか嫌だという気持ちが湧いてこない。相手が久世だからかもしれない、とぼんやりと考え、佐々木はゆったりと身体に力を抜き身を任せる。

やがてゆっくりと、久世の気配が尚更近い距離へと感じられ、そして。
コツン、と額同士がぶつかり合う。

「……?」

恐る恐る目を開けば、額を合わせながら佐々木の両頬に手のひらを当て、目を閉じている久世の姿があった。

――キスされる、かもだなんて。

自分の勘違いが恥ずかしくて、どこか残念に思ってしまった自分がいることに気付き、恥ずかしさで身体の奥が沸騰しそうなくらいに熱くなる。

「陣」
「ん?」

ゆったりと瞼を開きながら、久世が口を開く。

「お誕生日おめでとう、陣。生まれて来てくれてありがとう。僕と出会ってくれてありがとう。…大好き」

メールの文面と同じような言葉の連なりにも、久世の声で、口から紡がれたその言葉たちはじんわりと佐々木の胸へと染み渡り、佐々木はくしゃりと表情を崩す。

「俺も、」

言葉を区切って、一言一言に想いを込める。

「俺も好きだ」

ずっと一緒にいたいと思う。無茶ばかりする幼馴染がいつだって心配で、優しさにいつだって癒されている。
久世は佐々木に救われているというが、佐々木だって同じだ。久世の存在に、いつだって救われていた。

恋と呼ぶにはあまりにも切実な佐々木のそれは、どちらかといえば無性の愛に近く。
掴まれていた手首はいつの間にか解かれ、気がつけばまるで恋人同士のように手を絡ませあっていた。じんわりと手のひらに感じる、他人の熱量。

これが恋であれ愛であれはたまたそれ以外の何かであっても、久世と共に歩ける未来があればいいのだ。
こうして繋いだ手を、いつまでも離さずにいられればそれだけで、幸せなのだと。

とろけるような予感に、佐々木はより一層甘い笑みを浮かべると、ぎゅっと手を握り返したのだった。